2007-11-30

狂い咲き Blooming out of season

誕生日の週になると年の瀬の慌ただしさが動き出す感じなのだけれど、今年もなんか慌ただしい。

昨夜の誕生日プレゼント、岡林信康コンサートの報告をやっと書ける。(笑)

お客の入りは心配していたよりも良かったので、ファンとしても一安心。岡林さんも自嘲気味に「3年前の道新ホールでやっていると思えば満員だ」と開き直りの弁。

やった演目は今晩NHK-BS2で放送になる36年ぶりの日比谷野外大音楽堂の演目を若干いじった程度でほとんど同じと考えていいだろう。

日比谷野外大音楽堂の方の曲目リストは熱心な方のレポートを参照

還暦過ぎた岡林さん、調子が悪いのか、「君に捧げるラブソング」で声がかすれたり、「虹の舟歌」の歌詞を歌い変えたりとちょっと心配になりましたが、客席2列目のど真ん中で見る舞台はやはり最高!

尺八と津軽三味線のバトルとか、韓国のサムルノリの太鼓として知られるチャンゴ 独演などの他、岡林さんによる日本のリズムの特徴、手拍子健康法など相変わらずの関西トークに和みましたけれども。

隣席の女性同士の会話を聴くと、岡林さんに触発されて、ギターを練習したという女学生の頃の想い出話から、音楽があったから自殺せずに若い頃を過ごせたとぽつりと語る彼女たちの人生観が伝わっても来た。

「観客高齢化に備えて、トイレタイムを取りました」と語る岡林さん、「みんなパンパースをしてもなお、集まりましょう」と語っていたけど、日比谷での「36年後、あの世で逢おう」よりはまだマシなお告げかと。

ネットにて、御歌囃子参拝にはコンサート直売のCDを買うお布施が必要と聞いており、末代まで悔やまぬよう、多めにお金を持って、教義の歌の録音されたありがたいCDを懐に、拝んだ岡林舞台。

札幌コンサートのきっかけになったような「御歌囃子ソーラン」では地元よさこいソーランチームの踊りが岡林さん達の前に出て、邪魔だったけれど。

何はともあれ、「祭りという名前の人生」狂い咲かなきゃ咲いた意味などありはしない。

札幌で歌わず、日比谷で歌った「山辺に向いて」聴きたくて、NHK-BS2録画予約する私。

  • 「歌祭り」サード
  • 御歌囃子参上

2007-11-29

お月さま Moon

東国原宮崎知事にして「徴兵制はあっていいと思う」と県民座談会で発言された昨今の若者気質批判。封建日本がどのようなものかを忘れ、自由をはき違える現代世相の中、日本の古謡に隠された秘話をお話ししたい。

お月さまいくつ、十三、七つ、まだ歳ゃ若いな
いつも歳を取らないで、三日月になったり、まん丸になったり

月の初めの三日月様は、眉に似たとよ
姉様の、笑顔に似合う、面眉を

白粉つけて、紅つけて
姿映し見、匂い咲き、映す鏡はなんじゃいな
あれ、十五夜のお月さま

小学生の頃に日本舞踊で習った長唄の「お月さま」。空で覚えている歌詞を書き留めてみたけれど、記憶違いもあるのかなと。

手元にはその時のシングルレコードもあるけれど、デジタル化し、手軽に聴けるようにしたいと思いつつ、月日は流れる。(笑)

月の満ち欠けとお姉様の色町奉公の悲哀を重ね合わせ、お月さまのように年老いて、童女に戻れるよう願ったこの唄もまた人生のはかなさを唄ったもので、舞踊化する時には幼子が化粧支度を見よう見まねでする踊りを演じてみせる。

日本の古謡にはこのような子供の頃から規律に縛り付ける社会に対する「怨」が唄われたものが数多くある。

遊び唄の「お月さまいくつ」が三味線太鼓のお囃子に合わせ、「怨」を募らせる。

規律の中で幼子達を玩ぶ大人たちへの怨み唄を忘れてはならないし、大人を信用してはならない。

今宵、御歌囃子をひっさげての岡林信康さんのコンサート、続いて、明日はNHK-BS2で岡林信康さんのライブ放映。

人間の幸福(ひとよのさいわい)、満喫したいもの。
生きる事は苦しき事ではないはずなのだから。

  • OhmyNews : 長唄「お月さま」に唄われる封建日本への「怨」

2007-11-28

火災報知器 Fire alarm

年の瀬を前に、何かバタバタと業者の家庭訪問が続く。

CATVの業者は電波検査の名目で、テレビ受信をアナログからデジタルへ切り替えたくなるようなデモンストレーションをやり、「デジタル電波に異常はないです」と教えてくれる。

未だにISDNの電話回線が残っており、電話業者をCATVにしようかとも思っていたので、ご希望通り、テレビもデジタルに切り替える事にしたけれども。

そして、家の大家から火災報知器取り付けの連絡を貰い、翌日、火災報知器の業者がやってきて、取り付けていった。

なんとも街のビルの中と同じような風景が自宅にも出来てしまったと思うし、持ち家ならば、余計な出費となっていたのだろうとも思ったりする。

業者の人に帰り際、「音が鳴ったら、どうやって止めるんですか?」と聴いたところ、「音が鳴ったら、止めようとせずに逃げて下さい」との回答。

機械に守られる事になれていない人間は機械を制御しようと考えてしまう。

2007-11-27

1970年代のオイルショックの再来にならないように Do not become reappearance of the oil crisis in 1970's.

このところの原油高は米国のサブプライムモーゲージ(信用度の低い借り手への住宅ローン)危機から始まったドル安から、投資対象が原油に流れ、実質価格よりも高値になってしまった事が一因とも云われており、昨年の暖冬でだぶついた原油の在庫超過を無くすために、備蓄を最小限にして、手元の原油を輸出し、体力をつける方針に転換した石油業界の思惑も絡んだ原油高とも云われているけれど、北海道の石油市場の価格を決めると云われている共同購入大手、コープさっぽろが来月1日より、現行より17円引き上げ、大消費地である札幌でもリットル当たり96円の価格を打ち出してきた。

3、4年前には30円越える位だったのが、実に3倍の価格差を付ける異常事態であるのに、国政レベルでは、対テロの給油審議ばかりが報道され、生活に直結する灯油、ガソリンの高値の問題がさっぱり出てこない。

おそらく報道の怠慢であるのだろうし、まさか、国際貢献を考える議員さん達が生活や経済に直結する議論をしていないわけはないと思うのだけど、1970年代のオイルショックの時はどんな社会状況だったのか、とても気になっており、ネット検索をすると、竹田現照さんという夕張出身の議員さんがその頃かと思われる時、以下の質問されているのを見つけた。

「灯油の値上げ及び売惜しみの防止対策に関する質問主意書」

北海道人だから出来る質問だなぁと思いもしたし、夏の暑い時にいち早く冬場の生活を心配されているのだなぁと当たり前ながら関心もした。

灯油価格がすべての物価に影響を与えるのは日本経済はすでに経験済みであるのだし、高度経済成長も、このドル変動制の後に起こったオイルショックにより、ストップがかかり、安定成長期へとシフトしていく政治が行われた事は現代史を学んだ者は承知しているはずであるから、少子高齢による労働力の減少、温暖化による食物収穫の変化など国民生活を脅かしかねない事案が並ぶ今日、1970年代に巻き起こった社会不安を参考にしつつ、新たなるオイルショックを回避して貰いたいものである。

「戦争の親玉」とも云われる投資理論をいかに制御させ、社会にうまく分配させるか、それのコントロールが機能しなければ、貧困の拡大、治安の悪化、疫病の蔓延などが連鎖して起こるのも歴史は証明しているのだから。

「歴史は繰り返す」政治が無能の証が証明されないよう願いたい。

  • OhmyNews : オイルショックの再来にならないように

2007-11-26

100円灯油 100 yen kerosene

北の限界集落に100円灯油の「死の宣告」国土、国民を愛せぬ政治、平成日本残虐物語。

石油ビジネスもドル紙くず、温暖化食糧難と云うシナリオならば、「不幸の証」にならぬものを。

有難や、有難や。

2007-11-25

宵は待ち Without becoming daybreak

子供の頃、間借りしていた大家さんが日舞の先生で、日本舞踊を少し習ってました。発表会の舞台に立ちたくなくて、すぐ止めてしまったけれど。

習った曲は『宵は待ち』という曲と子守歌としても有名な『お月様』

宵は待ち そして恨みて 暁の 別れの鶏と
皆人の 憎まれ口な あれ啼くわいな
聞かせともなき 耳に手を 鐘は上野か 浅草か

「一夜の夢を終わらせる明けの鐘よ、鳴らないでおくれ」という浮き世の無常を歌った『宵は待ち』を始めに教わったお陰で、こんなませた親父になりました。(笑)

歳を取っても夜明けは辛いけど。。。

2007-11-24

凝りほぐし Stiff neck is untied.

今日は今年最後の有給消化日。

フィターズのありがとうパレードも見に行きたかったけれど、この頃通っている銭湯に今日も出かけ、電気風呂で肩の凝りをほぐしてきた。

持病の脳性マヒの二次障碍としての頸椎ヘルニアも気に掛かるし、この頃は肩こりからだろうと思うけど、のどの渇きのような感じがよくあり、まずは肩の凝りをほぐす術を捜していたから。

びりびり響く電気風呂の効果は良好で肩こりから来る血行不良は一時的にせよ、まずは解消された。

生まれつきの首筋から手首にかけての不随運動があるのですぐ凝りはもどるけど、凝りがひどくなるのを防ぐ事は出来る。

肩こり、腰痛は全身から来るものでもあるらしいので、歩き方、姿勢なども気にすべきなのだけど。

この間、ようやく歯医者の治療が終わったから、次は肩こり治療と健康に気を配ってみる。

とこんな事をパソコンに向かい、文字打ちするのもほどほどが肝心なのだけど。(笑)

2007-11-23

しょんがいな Syongaina

昨今の「勤労感謝」は勤労できる事に感謝であるらしいく、勤労を感謝されるではないらしい。

新聞のコラム欄にも勤労に関する法律の改正の話題として、雇用側の都合が大きく盛り込まれたらしい。

丸い地球を四角いハコに詰め込んで
誰に贈るか、冷え込む土地

あぁ、しょんがな。

と勝手に作った戯れ歌ゴメン。

「しょんがいな」の本歌は「梅は咲いたか」の「しょんがい節」

梅は咲いたか 桜はまだかいな
柳やなよなよ風しだい
山吹や浮気で 色ばっかりしょんがいな

あさりゃ取れたか はまぐりまだかいな
あわびくよくよ 片思い
さざえは臨機で つのばっかりしょんがいな

「破れ傘」という小粋な戯れ歌もある。

破れ障子に破れ傘
コレサ 雨漏る月が漏る
しょんがいな しょんがいな

破れかぶれの新所帯
あても無ければ 金も無し
切れる気も無し
しょんがいな しょんがいな しょんがいな

とりとして、岡林信康さんの「陽炎情話」をご紹介。

花を咲かせて 又散らす
見えぬ手よ 真なら
連れてゆきゃんせ どこまでも
この命 あずけたや

ああ しょんがいな

燃えて切なや 限りある
この命 愛おしや
叶うものなら咲き乱れ
散る日まで抱き合うて

ああ しょんがいな

2007-11-22

今日まで、そして、明日から to today and from tomorrow

天気予報

市民メディアニュースに来年没後25年になる寺山修司の舞台三作を書こうと思いつつ、このところの本質無視、エピソード固執の偏執軍団に関わりたくないなぁと二の足となるこの頃。

「歴史は沈黙する」とはこのような集団的無関心から広まっていくのだろうね。

レンタルビデオ屋のビデオテープ処分もだんだん進み、DVD化されていない作品でもレンタル率の回転悪いものが処分されているようで、この夏からのビデオ借りまくりをやっていて良かったと思いもする。

この冬初の寒波も結構長く居座り、4日目。

天気予報を見るとやっと明日には真冬日から解放されるみたい。

今日まで、そして、明日から

時にはだれかの力をかりて
時にはだれかにしがみついて
わたしは今日まで生きてみました
そして今 わたしは思っています
明日からも こうして生きて行くだろうと

吉田拓郎の歌を思い出す。

2007-11-21

不毛の時代 Barren age

何か得るものあるかと思い、市民メディアのネットニュースの記者の方と議論を重ねてみたけれど、潜入観念の感情論か、もしくは誘導タイプの工作員のような方。

昔、テレビドラマ全盛期に倉本聰、向田邦子、山田太一が作品で競ったような腕の磨き合いなど期待できるはずもなく、コメント利用して、あら探しのつぶし合い。

少なくともネットを活用して、情報発信しようとする意欲ある方がなんでかなと思ってしまうし、ネット活用をそんな手段にしか使えない貧弱さが情けなくもなる。

芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のように、この国は権力頼みのか細い糸にぶら下がる餓鬼世界になってしまったのだろうか?

善き人に巡り会いたいし、時間の無駄は避けたいもの。

2007-11-20

銭湯極楽 Public bath paradise

この冬、初めての寒波が押し寄せ、札幌もプラス気温にならない真冬日の日、近くの郊外型銭湯に昼のオープンと同時に行ってみると、団塊の世代で、定年を迎えられた方達だろうか、大勢、寒さをしのぐために、銭湯に入りに来ていた。

脱衣室で聞こえてくるその団塊の世代の会話がどうにも世相を語っているようで、面白く、その会話をメモしてみた。

「昔は人生60年と云ってたけど、今は80歳だろう?男で平均75か?おまけの人生として、こうして風呂に入れるんだから、ありがたいわな。」

「今、灯油も高いしな」

「灯油もどこまで高くなるんだろうな。稼いでいた頃と違って、年金で遣り繰りしなきゃなんないんだから、まったく厳しいよ」

「家で風呂わかしたら、水道代もかかるし、風呂場も寒いから、ここに来るのが一番さ」

「昔なんか、近所の銭湯に風呂入りに行ったら、帰り、髪の毛が凍って、バリバリになったりしたけど、今はここで風呂上がりにくつろいで帰れるから、いい時代って云えば、いい時代だけどな」

敗戦直後の物のない時代に生まれ、高度経済成長を担わされてきた方達は、ある人は足を患い、ある人は胸を切り裂き、人生60年を過ごしてこられたのだろう。

浴室内にあり、ジャグジー風呂は入浴する人であふれ、ちょっと痛みを感じる電気風呂は誰も入っていない。

「昼寝していて、目が覚めたから、来たのよ。あんまり早くても一杯引っかけるわけにもいかなくなるけどなぁ。」

昼からお酒の罪悪感を犯す事も出来ずにいる律儀な、それでいてやんちゃな、親父たちの語らいが風呂場にこだましていた。

長湯でのぼせ、湯船に沈む人とか、風呂上がり、足を取られて、タイルに頭を打つ人とかもいらっしゃるので、ほどほどの銭湯極楽、まずは楽しんで下さいと思うとともに、この平穏な日々がかき乱される事のないように。

10数年後、私もこんな銭湯極楽を味わい続けたくもありますが。

  • OhmyNews : 銭湯で極楽極楽

2007-11-19

寒波襲来 Cold wave raid

この冬初の寒波襲来。一時の雪化粧。

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2007-11-18

笠智衆 Chishu Ryu

来春、没後15年を迎える笠智衆の晩年のドラマ、倉本聰の『波の盆』と山田太一の『冬構え』を見直したけど、ライターの腕を競い合った倉本聰、山田太一では山田太一の方がやはりうまいなぁ。

在米日本人の太平洋戦争を描いた『波の盆』、死出の旅をする『冬構え』、晩年の笠智衆はこの国の老いの寂しさを演じ続けた人だけど、『冬構え』の老人の寂しさはつらくなるほど切ない。

田中絹代と戦時中に暮らした樺太・真岡へ帰ろうと今はなき、樺太行きの船が出ていた小樽の街をさまよう『幻の町』もビデオ復刻を是非望みたい。

最晩年、黒澤明監督の『夢』の一話「水車のある村」で自然を尊び、生きながらえた事に感謝し、生きる老人の姿は他の挿話で繰り返される争いの末路が如何に愚かなのかを演じ尽くしていた。

この好々爺も太平洋戦争時には「お国のため」の正しさを演じ、説き続けた事を思うと、あの飄々とした演技の底には懺悔があり、老いの天罰をひたすらまじめに受け止めたのではないかとも思われる。

「今の若い人には戦争の話なんか興味ないでしょう」

そう語りつつも、語りたがった老人であり、持ち金をばらまき、死のうとして、死にきれず、若き日の友達たちを訪ね歩く老人でもあった笠智衆演じる老人の寂しさを今一度噛みしめてみたいとも思ったりする。

「生きるのも、死ぬのも辛いものです」

あなたの歩んだ道をこれから歩む身として。

  • OhmyNews : 生きる辛さを演じた笠智衆を思う

2007-11-17

南郷の湯 Nango no Yu

こないだまでこの時期としては暖かな小春日和が続いていたのが、ここ数日は寒気が入ってきた影響で、小雪が降る肌寒い日。

身体の疲れも感じるので、じっくりお風呂につかりたくもなり、近場に数年前にバス会社が自社営業所跡地に作られた郊外型銭湯に行ってみた。

噂に違わぬ、その銭湯は昼から混雑しており、年配の方が多い。この方々、もしかして団塊の世代かしらなどと思いつつ、内風呂にあるジェットバス、電気風呂、それに露天の檜風呂に、天然石のイオン風呂と風呂三昧。

特に電気風呂は凝りのある箇所はびりびりしびれ、何だか身体によさそう。

長湯は血液の濃度を高めるとも云うから、ほどほどにしつつ、日頃の疲れを癒したり。

これからの季節、雪見風呂なんて云う楽しみもあるから、少し通おうかとも。

生きる楽しみが癒しにあるとは、我ながら、年取ったと思ったりして。(笑)

2007-11-16

黒い太陽七三一 Men Behind the Sun

母鹿が突然、死ぬ内容が子どもに恐怖体験を与えるとして、ディズニー映画『バンビ』までノミネートさせ、ユニークな選出が話題となったアメリカTIME誌のホラー映画ベスト25にランクインされた『黒い太陽七三一』、レンタルビデオにあったので、借りてきてみた。

この作品、連作されたようで、日本では三本ビデオ化されている。世評としては一作目が名作、二作目は佳作、三作目は駄作といわれているらしい。

三本とも借りてみたのだけれど、おそらく一本目のヒットによる便乗の二、三作に比べても、確かに一作目は凄い。

731部隊の石井四郎中将の医者としての勉学意欲が兵隊たちを巻き込み、中国、朝鮮、韓国、ロシアの人々にありとあらゆる手段で行われる人体実験の模様を描く描写は細菌兵器製造という到着点に向かい、ひた走ろうとし、敗戦で中座せざるえなくなり、証拠隠滅に大虐殺を行う。

人間に対する残虐描写はこのところのマスコミ報道で感覚麻痺してしまい、抵抗感が少なかったけれど、ネズミの大群が猫をかみ殺すシーンはすさまじい。

昨今、動物虐待で、もっとむごい動物虐待が行われていると報道される事件なんか、虐待する者もおそらく返り血を浴びているのだろう。

映画『黒い太陽七三一』に関してはYouTubeでも数多く動画が公開されているけれど、ネズミの大群が猫をかみ殺すシーンはさすがに公開許可されていないみたい。

理性を持ち、自制を失った人間が何をするのか、ホラー映画の基本を踏まえたこの映画は国家とか、組織の皮を被った人間たちの悲劇であり、警告だろう。

歴史は未来への道標。反面教師にしなければ、歴史は繰り返すだろうし、昔、そのような残虐行為はなかったと擁護するならば、どのような状況において、人間は残虐な行為をするのか学んだ事にはならず、残虐な事件が報道され続ける今の状況認識を見誤る事になるだろう。

看守と囚人の役割分担を言いつけられたアルバイトたちが本気で憎み合い始める映画「es[エス]」の元になったスタンフォード大学心理学部の実験と同じく、この歴史的な出来事を描いた映画から人間の本質の恐ろしさを今一度、学ぶべきだろう。

2007-11-15

地域高齢化記念かしら Is it commemoration of a senior citizen increase of the regional?

都道府県ごと 記念貨幣を発行するとか。

地域高齢化記念かしら?

国庫で寂しく眠る2000円札の仲間を増やす愚策としか思えない財務省のエリートの頭の中って、安定成長期なのだろうか?

都道府県ごと 記念貨幣、途中で頓挫などという恥の上塗りにならぬよう。

記念貨幣は歴史の証拠に残るものですから。

2007-11-14

読者の声 Reader's voice

先日、購読している地元紙の「読者の声」に中学生の方から、「広辞苑に『うざい』を載せないで」という投稿文が掲載されていた。

たやすく人を傷つける『うざい』という言葉を自分も安易に使ってきた経験を語り、広辞苑に載せる事に抵抗を感じるという内容の記事だったけど、中学生の方が自分の云いたい事を文章として伝えようと苦心された生の文体が久々新鮮だった。

市民記者の書いた記事をメインとするとされる市民ジャーナリズムに投稿している身としては、既存マスメディアが欠かさずに掲載し続けている「読者の声」の原文主義はやはり羨ましく思えてくる。

また、コメント重視のような市民ジャーナリズムのまんねりもいささか飽きてきており、討論が必要な物と情報として残す物の区分けも必要なのじゃないだろうか?

「情報が確保されていれば、利用者がその真偽を確かめる手段となりうる」とされるアクセシビリティ(利用可能)の理論にも合致するだろうし、情報に対する補足資料を提示する手段としてのリンクの活用などで、その情報を深めていく双方向性が残念ながら、日本にはなかなか根付きにくい。

少しは知識がある映画の話で説明していけば、例えばアメリカの映画データベースThe Internet Movie Database (IMDb)と日本でよく知られているとされるallcinemaを比べるとよく判るのだけど、データベースとして、資料価値を高めようとするIMDbとそれぞれの感想で埋めようとするallcinemaの違いがはっきり判ると思う。

生の文体を一律の文体にしてしまい、書き手の味を殺してしまう編集法と掲載された記事に対する小姑的なコメントはやはり利用者にとっては余計なお世話であるだろう。

DVDの画質などの復刻状況が知りたいのに、それぞれの感想を書きたがる大きなお世話。

それは人が何を求めているかへの関心なのだろうし、何を伝えたいかという事なのだろう。

日本人がデータベースに弱いとずっと云われ続けているけれど、おそらくそれはコミニティに対する誤解であるだろうし、民主主義に対する無理解なのだろう。

「読者の声」の大切さ、それは「不虞は福」として、人が困っている事を知ろうとし続けた日本の美学でもあるのじゃないだろうか?

  • OhmyNews : 「読者の声」の大切さ

2007-11-13

オイルショックにならないように。 Do not become oil crisis.

安倍前首相、はって登場かと思いきや、お情け報道だったのね。

新テロ法案「衆院通過に安心」とかのご感想。

北国の庶民は年末にはリットル100円になるかと噂されている灯油価格の動向に不安だというのに。

海上自衛隊の給油が国際社会から期待されている大切な活動かなんか知らないけれど、ガソリン、灯油は国民生活の景気動向を左右する問題。

まだ幼かった時代のオイルショックがどんなんだったか、気になるところ。

語り継がれなく、忘れっぽい庶民の歴史こそ、語り継いで欲しいとつくづく思うのだけど。

2007-11-12

ご紹介 Introduction

記事が載るたびに、参加メーリングリストで口コミを流すのだけど、今回はそれをご紹介。

今月末、11月30日(金)午後10時30分よりNHK-BS2にて、
岡林信康 ライブ in 日比谷野外音楽堂 36年振りの野音(仮)
放送されるなど、活発に活動されだした岡林信康さん。

この春に刊行された絵本『ぼくの村は美しい国 竜太の日記』では「人間の幸福(ひとよのさいわい)」として農村での実体験を絵本にして、21世紀の子供たちに伝えたい物を綴られていました。

背帯でビートたけしが「いまに食うものがなくなる日がくる。その時、泣きながら、この絵本を読もう」と世間に対し、皮肉まじりに推薦されるこの本。

温暖化で、本州の米の実入りが悪いとか、海水温上昇で、秋魚がいまだに北海道近海にいるなど生態系の深刻さが報道される今日、ある意味、リアルな本なんじゃないかと紹介してみました。

ラオス帰りの知人が都心で飢え死にしたりする「日本」の国庫はどうなっちゃったの?とも語ってましたが、「人間の幸福(ひとよのさいわい)」を忘れたところに今の繁栄があるのかも知れませんね。

そのうち、お金はあるのに買う物がなくなるシュールリアリズムな世界になるかも知れませんね。

本来の日本の美しさ、思い出したいです。

「ohmynews : フォークの神様の絵本に感動 岡林信康さんの胸にしみる言葉」

2007-11-11

祈りの朝 Morning of prayer

岡林信康さんが阪神淡路の震災の時に吹き込んだ歌だとか。

シングルのみなので、未聴だったのだけど、聴きたくなり、ヤフオクで落札。

悲しみの夜よ 闇に抱かれて1人
この胸の痛みは いつまで続くか
二度と戻れない 深い闇の底まで
崩れゆくそのとき ささやくあの声

あなたの内なる 確かな力を
信じてその手に すべてを預けよ

したたる血潮は やがて乾き始める
裂かれた傷口も いつか閉じてゆく
悲しみは人を 冷たく打つけれども
恵みの雨のように 豊かに育てる

あなたの内なる 確かな力を
信じてその手に すべてを預けよ

2007-11-10

ジャンジャン横丁を下って It goes along a Jan Jan street.

この景色が好きだなぁ。

岡林信康 ライブ in 日比谷野外音楽堂 36年振りの野音(仮)
NHK-BS2 11月30日(金)午後10:30~午前0:00

「自由への長い旅」巡り会えるといいね。

YouTube - ジャンジャン横丁を下って

国会議員1人当たり経費約3億円とか、一生暮らせる額だね。

2007-11-09

川柳連句 Purple willow couplet

  • 騒ぐ事ない、騒ぐ人は、凍える人
  • 原油高、地位協定で、燃料倹約
  • 温暖化、生き物たちは、北へ向かう
  • 雪国を、忘れた人の、政策談義
  • 米国に、如何に尽くすか、国会審議

2007-11-08

百年の孤独 Cien Anos de Soledad

レンタルビデオ屋にタゲレオ出版のビデオ一群がコーナー化され、置かれてあり、知っている作品も何本かあるけど、ほとんどが知らない物ばかり。

寺山修司が主催していた実験演劇室「天井桟敷」の舞台公演の記録をまとめたUPLINKのものが同じコーナーにまとまって置かれてあったので、まずはそれを借りてきた。

常識をひっくり返し眺める人、寺山修司が亡くなって、来年で25年。

実験演劇室「天井桟敷」の最後の公演としても知られるガルシア=マルケス原作『百年の孤独』から見始める。

ひとつの村で起こる4つの物語が5つに分けられた舞台で同時進行するこの物語は、観客は全体を見渡すことができず、その村の一部をのぞき見る舞台構成となった前衛芝居。

歴史を俯瞰するはずの観客にしても歴史の全容など判るわけがないというモチーフに沿い、「のぞき見る」共犯者として観客を舞台(歴史)に引きずり込む寺山の陰謀でもある。

生まれた時から死んでいた淫売女が叫ぶ「百年たったら帰っておいで、百年たてばその意味わかる」

「今日も元気で死んでいます」と冥途から届く手紙。

「うるさくてゆっくり死ねもしない」と怒る死に人。

寺山のお得意のこの世とあの世、過去の未来の時空を越えたキーワードが飛び交い、今に固執する現代人を笑い飛ばす。

寺山が今生きていたら、あの世の言葉を語っているのかも知れない。

いやいや、あの世からこの世をのぞき見、「百年の孤独」のセリフをつぶやき続けているのかも知れない。

「早く死んで、逢いに来て下さい。」と。

『書を捨てよ、町に出よう』
理詰めの世の中、あの世なら、この世の愚かさが見えるのかも知れない。

2007-11-07

さよならだけが人生だ Only the goodbye is a life.

この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ

井伏鱒二の訳詩で有名な唐(618-907)の于武陵[うぶりょう](810-?) が作った「勧酒」と題する五言絶句。原文を記すとこうなる。

勧君金屈卮
満酌不須辞
花発多風雨
人生足別離

昨日、昔からの友達と昼をご一緒し、この夏に亡くなった友人の話となり、この漢詩を思い出した。

亡くなった友達は自営で請負の仕事を行っていたけれど、成人となった息子に技術を教えつつ、仕事をこなしていたという。

奥さんは仕事の経理をしていたけれど、受注、見積もりなどは友達が全部仕切っていたという。

その友達が急死し、一手に仕事の内実を仕切っていた人がいなくなり、奥さんと息子さんは初めて、仕事の内実を知り、息子さんが後を継ごうとした決意も無理と判断されたらしい。

人の良い友達は長い付き合いの企業から安く仕事を請け負い、数をこなさなければ会社経営が成り立たない状況を自ら作ってしまったため、過労が溜まり、くも膜下出血で倒れられた。

葬儀を終え、引き継ぐ事を表明していた息子さんの携帯には仕事の依頼の電話が殺到し、ちゃんと引き継ぎもしていない息子さんも何から手をつけていいか判らない状態。

このまま、仕事を続けると友人の二の舞にもなりかねない状況で、店をたたむ事にしたらしい。

奥さんは息子さんを出産の時に骨盤を痛め、歩くのもままならないけれど、障害年金の対象外の障害4級でしかなく、50代半ばで亡くなった友人の遺族年金も減額対象でもあるという。

幸い、自営ながら従業員数の条件緩和で国民保険から社会保険に切り替えてあったのが救いといえば救いだけれど。

まだまだ元気で働けると誰もが思いたいのが人情だけど、元気なうちに元気な自分を愛おしみ、自分がいなくなっても家族が困らない「ゆとり」を持つ大切さを感じてしまう。

この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ

友との語らいはそれゆえ、大切なのだろう。

2007-11-06

イルカの日 Day of The Dolphin

1973年、僕が中学の頃の映画。

ふとした事から観たくなり、DVD化されていないか調べるとなっていないんですね。

アメリカではとっくになっているのに、かつてのソフト大国我が日本はこんな名画すらDVDする気もないらしい。

映画の内容はイルカに人間の言葉を教える学者が政治利用され、大統領暗殺のため、イルカを拉致されるという話。

怪しげな人間が実は味方であり、実力者が陰謀家という定石を踏まえながら、ラストの学者とイルカの感動的な別れとなる。

「人間、ない事、云う」

言葉を話すイルカの口癖は人間誰もがとっくに知っており、カマ掛け合う化かし合い繰り返すのに、組織化された物にはいつもも化かされる。

イルカに言葉を教えた学者は何故イルカが話せるようになったかを「私とコミュニケーション取りたいから」「海に帰れば人間の言葉を忘れる」と説明するけど、元々言葉はそういう物かも知れない。

ニクソンショックからベトナム戦争の混乱の影、身近では韓国金大中拉致事件、南米チリの軍事クーデターなどアメリカドルが化け始めた時代、オイルショックで物価は高騰する一方、政界ではロッキード疑惑で札束が実弾として飛び交った時代、映画『イルカの日』は公開された。

今、DVDで気楽に観られない名作映画群を拾っていくとこのような政治的な映画がDVDになっていないような気もする。

不思議と映画『イルカの日』のサントラは廃盤されることなく出ていて、映画業界の怠慢なのかも知れないけれど、社会的役割を忘れたところに無意識の情報操作があるようにも思えてくる。

2007-11-05

クーデターでなくて良かった Because it was not a revolt of the country, it was relieved.

小澤、福田劇場、クーデターでなくて良かった。
やはり密室は怖い。
長い政治歴でもついついはまるのだろう。
これから見入り寂しくなる政治商売、
幾多の国と同じく国売りクーデターが起こらなきゃいいけど。
朝、目覚めればクーデター。
ドキュメント映画『戒厳令下チリ潜入記』観たばかりなので、なおのこと思う。

YouTube - Acta General de Chile

2007-11-04

ウェブページの使いやすさ Convenience of web page

少し時間がとれたので、10月に公開されたオーマイニュースのスタイルシートをプリントし、読んでみた。

記事編集における書き換え例を示したこのスタイルシートを一通り読み終え、ウェブアクセシビティの指針にかなり近いと感じたのは筆者だけだろうか。

文章の判りやすさの配慮

オーマイニュースのスタイルシートに示された物は「読んで判る」に主眼が置かれているように感じるけれども、これはウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン 1.0やJIS X8341でも同様の指摘がなされており、文章の判りやすさの配慮がウェブコンテンツ・アクセシビリティ、略してウェブアクセシビティの基本でもある。

それは読者である利用者への配慮の第一が情報でもある文章にあるという事で、見栄えに目が行きがちなページというコンテンツにとって、そこに書かれている文章こそが利用者の求めるものという大前提であり、その配慮を求める事が「利用可能」(アクセシブル)であるとされている。

ウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン 1.0では14の指針として、以下の項目が示されている。

  1. 聞くための内容や見るための内容には、同等の役割を果たす代わりのものを提供する
  2. 色だけに依存しない
  3. 正しくタグ付けし、適切にスタイルシートを使う
  4. 自然言語の取り扱い方に関する情報を明確に示す
  5. うまく変換されるテーブルを作る
  6. 新しい技術を利用したページは、うまく変換されるようにしておく
  7. 時間とともに変化する内容については、ユーザーが制御できるようにする
  8. ページ中に組み込まれたもののユーザーインターフェイスは、それ自体がアクセシブルなものにする
  9. 装置に依存しないように設計する
  10. 暫定的な解決策をとる
  11. W3Cのテクノロジーとガイドラインを使用する
  12. 前後関係や位置を表す情報を提供する
  13. はっきりとわかるナビゲーションのための仕組を提供する
  14. 文書は明瞭で簡潔なものにする

しかし、マルチメディアの急激な普及でガイドラインも2.0のワーキングドラフトが検討され[WCAG 2.0 ラストコール・ワーキングドラフト]、近々勧告されるはずである。

2.0のワーキングドラフトでは14の指針で散漫になっていた項目を整理し、更に拡張されそうなコンテンツに対しては、そのコンテンツの提供元がアクセシビリティ・ガイドラインを示す責任を織り込んだ物となっており、整理されたポイントは以下の4点にまとめられている。

  • 原則1:コンテンツは知覚できなければならない
  • 原則2:コンテンツのインターフェイス要素は操作可能でなければならない
  • 原則3:コンテンツとコントロールは理解可能でなければならない
  • 原則4:コンテンツは現在および将来のユーザーエージェント(支援技術を含む)での利用に耐えるものでなければならない

更に、日本の視覚障害者用ウェブ利用ソフトの機能調査では視覚障害者用ソフトの問題点などもまとめられている。

ウェブアクセシビティとは

ウェブアクセシビティとはウェブを閲覧するウェブブラウザ(Internet Explorer,Netscape,Mozilla Firefoxなど)を提供する企業間でシェア争いが行われた俗に言うブラウザ戦争で、オペレーションなどの環境を問わない文章閲覧を実現すべく、ウェブ開発時に定められたマークアップ定義がどんどん拡大解釈されていく事に対し、それを是正すべくマークアップ定義を管理しているW3Cが勧告したHTML4.01に織り込まれたもので、WindowsやMac、Linuxなどのオペレーションのみならず、余計な画像など表示させずにウェブの情報を収集するテキストブラウザや主に視覚障碍の方達が使っているスクリーンリーダなどウェブの情報を利用者に判るように表示、読み上げさせるユーザエージェントも視野に入れ、「利用可能」(アクセシブル)な環境の実現を定義したものである。

記事など書かれた文章はまずコンピューターで理解出来るようにマークアップ言語というプログラムで加工されるのだけれども、このマークアップ言語に沿ったHTMLの記述が的確でなければ、その文章は単なる文字の羅列であり、コンピューターでは理解した事にはならないので、まずはHTMLのマークアップ定義をきちんと理解して欲しいというところからウェブアクセシビティは始まるのだけれども、ウェブブラウザではマークアップ定義をきちんと理解していなくてもそれなりに体裁整えれば、見せる事は可能なので、マークアップ定義によるコンピューターの認識の重要性が大きくなってくる。

コンピューターの認識を軽視するとマークアップ定義に沿って、表示、読み上げるユーザーエージェントでは単なる棒読み、羅列表示になってしまい、そこに書かれている情報を再活用する術を得られにくくしてしまう。

それは例えば、新聞などでの見出しの流し読みなど何げに行っている使い勝手のコンピューターへの応用でもあるし、マークアップ定義をする事で情報とデザインの分離という技術も楽に出来るようにもなる。

情報とデザインを分離する事により、提供元から示された固定されたデザインでは使いにくい環境でのカスタマイズも可能となり、色合いにおける見にくさや文字サイズの変更なども容易に出来、情報が受け取れないと云うリスクの回避にもなり得る。

いい事尽くめのように思えるアクセシビリティの配慮もコンテンツの著作保護から考えると著作権が守られないという問題もあり、「公共の資産」と「私的な資産」の棲み分けも問題となっても来ている。

とあるレコード店の方が、著作保護がうるさすぎて、宣伝も出来ないとこぼしていた事もあり、「公共の資産」の中で「私的な資産」がどのように確保されるべきかは更に問題になるだろう。

なお、アクセシビリティをチェックするサイトやソフトも年々増える傾向にあり、有名なところでは御本家W3Cのマークアップチェック(The W3C Markup Validation Service)の他、ソースエラーを採点し、解説してくれるAnother HTML-lint gateway、各種ツールを提供する『infoaxia(インフォアクシア)』などがある。

ちなみにオーマイニュースのページはAnother HTML-lint gatewayでチェックすると-105点「がんばりましょう」と採点されてしまうのだけど。

  • OhmyNews : ウェブページの使いやすさ

2007-11-03

縦割り意識 Consciousness of vertical division

先頃のエスカレーター事故の教訓を受け、職場で点検を行い、不備が見つかり、担当の部署に先週修理を依頼したのに、今週再点検で直っていなかった。

上司に報告したところ、修理指示を出しているんだから、再度催促する事はないと云われはしたものの他の担当からも指摘受け、結局担当の部署にお伺いを立てるとエスカレーター業者に修理しに来るように手配済みとは云われたものの、それならうちの部署に何故、報告ないのかと困惑してしまった。

急ぐ修理ではないと判断されたようだけど、どうもお役所並みの縦割り意識が鼻につく。

危機意識の欠如はこんな感じで広がっているのだろうか?

2007-11-02

初雪の日 Day of first snow of the season

と記録しておくけど、残念ながら見逃してしまった。

朝から少し寒くは感じていたのだけれど。

今日からTSUTAYAが半額週間に入ったので、リストアップした作品をレンタルし、金曜恒例の友人のカプセルホテルへ昼寝に向かう。

カプセルホテルの傍にて職場で仲良くしていただいているゴッド姉様に遭遇。

先日ニュースで読んだうちの職場の合理化が人事勧告により具体化しそうだよと教えてあげる。すぐにどうこうはないだろうけど、ここ数年が山だろうか。

カプセルホテルに入り、前から気になっていたコインランドリーの値段を確認。母が腰を痛めたため、洗濯の事も気にしなければならない。

今日はカプセルの宿泊客で咳き込む人がいる。インフルエンザが流行っていると聴くけど、こういう場所だとよく判る。

給油より、ガソリン価格、安定望む

国民こそが国益だろうに。

  • OhmyNews : 初雪の日

2007-11-01

アカルイミライ 世代間格差から生活格差へ The bright future

新聞コラムに世代間ギャップ(世代間格差)に関する記事が載っており、戦争体験者の親たちと高度成長下の子供たちの世代間ギャップよりも団塊の世代と今の子供たちの世代間ギャップは少ないはずだけど、実際には世代間ギャップが大きいという指摘がされており、戦後から現代を少し考察してみた。

戦争という社会の共通体験で、これまた共通認識である「あんな思いは沢山」という気持ちが戦後教育になったのだろうけど、敗戦直後の教科書の墨塗りを屈辱として記憶ある方もあれば、その後の教科書のないプリントによる自由教育での「出来る子と出来ない子」の格差に屈辱を感じた者もいたようで、その後の教科書重視の教育政策に大きく影響を与えたのだろう。

足並みそろえるはずの教科書重視がいつの間にか教科書絶対に変わり、記憶力が問われる地理や答えがひとつであり、解き方が無数にある数学ならば問題ないにしても、読みこなしの国語、自然現象を知る理科、正しさの勢力争いの流れを知る歴史などになってくると「ひとつの見方」しか示せない教科書の弊害は自ずと出てくる。

更に戦争体験者の親たちが善意に語り継がなかった戦争秘話も「ひとつの見方」に拍車を掛けてしまったのだろうし、高度成長下の子供たちの親との親密度が更にその子供たちである今の子供らに如何に受け継がれたかという問題も出てくるだろう。

高度成長下の子供たちである我々が「繁栄」という時代に育ったために「飢餓」に関する認識が甘いというのもあるだろうし、「繁栄」の下、人の繋がりが稀薄となり、いじめでも、虐待でも限度を知らなくなってきている。

校内暴力の頃から始まったという休み時間、教師が廊下に立ち、子供たちの安全を見守るというのは、監視される子供たちを生み出したろうし、若い母親が「私の時はかばわれなかったのに、この子は何故かばわれるの」と我が子を虐待する告白話も今は聴かれる。

平和な時代を過ごし、世代間格差が少ないはずの現代、戦後という平和な時代がどれだけ生活格差を作り出したのかが、今、顕著になってきているのだろう。

今の流行り言葉に「シュガー社員」というのがあるそうだけど、うちの職場にもアルバイト学生でそういう輩は確かにいる。

人混みが嫌だから辞める。土日は仕事をしたくない。出勤日数イエローカードを乗り切ったから、また休む。

こんな我が儘が増える現代、少子化による労働力減少で「これからは女性の社会進出なくして、社会は成り立たない」と外国労働者を嫌がる財界諸氏のPRもあるという。

女性の社会進出を煽るのは結構だけど、少子化問題、温暖化問題を真剣に考えている?と疑いたくもなる。

因果関係を忘れた丸暗記の罠が亡国、人類滅亡の「アカルイミライ」を作るのかも知れない。

  • OhmyNews : アカルイミライ 世代間格差から生活格差へ