2007-03-14

ウードの調べ Sound of oud

悪の枢軸と名誉のご指名を受けているスーダン。
そんなスーダンにももちろんポップスはある。

スーダンといっても土地の広さは日本の非ではないからエジプト寄りの北側から、エチオピア寄りの南側まで多種多様な文化がある。

エジプト寄りの北側で生まれたハムザ・エルディーンはナイルのほとりにあった故郷をダムの建設で失い、生涯、流民として生きられ、日本にもよく来られた方。

そのウードの調べは誇れる故郷を奪われた哀しみと人々の団結の大切さを歌っているという。

エチオピア寄りの南側は嘘か誠か判らないけれど、三波春夫、河内音頭、江州音頭が街頭に鳴り響くこぶし文化の土地。

イギリスのグローブ・スタイルという音楽会社によって、日本にも紹介されたスーダン音頭の代表、 アブデル・アジーズ・エル・ムバーラクさんはお歳を召されたのか、映像ではじっくり腰を据え、歌われている。

ライブ盤も出たムハンマド・ワルディさんの節回しも月光の下、歌われているようで心地よい。

今はおそらく戦火を逃れ、いずこの地かで、この方々は故郷を思い、歌われているのだろう。

帰る故郷を破戒することなく、和平が成り立つことを願って。
砲撃費やして、地球炎上させる安易な政治家はいらない。

2007-03-13

シロ・モンテイロ Ciro Monteiro

ブラジルの家庭ではホームパーティでサンバを弾き語り、その地域ごとにサンバ学校なるものがあるそうで、サンバ学校同士の競い合いがあのカーニバルとなる。

大雑把に乱暴ながら、サンバを語れば、こうなるのだけれど、サンバの成り立ちやサンバ学校の人脈、歌謡サンバにホームパーティ・サンバが複雑に入り乱れ、幾多の才能を生み出している。

歌謡サンバから派生した粋なサンバがホームパーティ・サンバで盛んに行われるようになり、ホームパーティは居酒屋になる。

粋(ボッサ)の立役者はまたゴロツキでもあり、遊び人であるからこそ、粋(ボッサ)な歌を作り出し得た。日本で云えば、江戸っ子のようなもの。

若くして喧嘩で死んだシェラルド・ペレイラの歌を数多く歌ったシロ・モンテイロはその粋さを見事に表現した歌手。

マッチ箱すら楽器に変えて、指先でサンバのリズムを醸し出す。CD音源でイメージふくらませていたその貴重な映像を発見、もう感激!

この粋(ボッサ)を甦らせ、新しい粋(ボッサ・ノーヴァ)が生まれる事にもなる。


YouTube : Ciro Monteiro

2007-03-12

愛しのベイルート li Beirut

レバノン生まれのアラブの美空ひばり、ファイルーズ。
「何かがおこる」という意味深な歌を1991年頃、歌っていたりする。

あなたは私の事をあれこれ尋ねるけど、
私の事が好きなの?

私はいろんな物語知っている
そしてそれを覚えている
その全てのなんと甘美な事!

でも、それがいくら素晴らしくても
時と共に移ろい行くのは何故?
あなたへの私の気持ち
何かがおこる 何かが起きようとしている

時は流れて、あなたは私に議論をふっかける

私はいろんな物語知っている
そしてそれを覚えている
あなたが私に言った事 その全てが甘い言葉
でも、それがいくら甘美なものでも
私はあなたへの気持ちを変えられない

何かがおこる 何かが起きようとしている

そのファイルーズが1980年代、「愛しきベイルート」を歌い、アラブ圏で爆発的ヒットを飛ばし、日本でもCDが発売され、ワールドワイド盤も出たのは知られるところ。

ベイルートよ、心から平和がお前の上にあらん事を
古い街並みや塔、そこに住む人々、そして彼らの心
それらは火と砲煙に消えていった
ベイルートに平和が戻らん事を
ベイルートよ、私の許に戻っておくれ

2007-03-11

素晴らしき世界に What a Wonderful World

黒い白人といわれたルイ・アームストロング。

黒人民権運動にも荷担せず、頑なに芸人であり続けたこの人もベトナム戦争激化の最中、「素晴らしき世界に」を歌う。

それはあたかもベトナムを「素晴らしき世界に」する歌のように扱われるが。

君達 若い連中はオレに こう言ってくるのもいる

おやじさん「素晴らしき世界」ってどういう意味なんだい?

世界中でおこっている戦争も素晴らしいのかい?
飢餓や汚染はどこが素晴らしいんだい?

だけど このおやじの言うことを聞いてみないか

オレには世界はそんなに悪くないと思えるんだ

世界は素晴らしくなる
そう思って行動すればね

愛だよ 愛。それが秘訣だよ

もっともっと オレ達が愛しあえば問題も減るし
世界はとびきりいい所になるんだ

それが このおやじのずっと言ってることなんだ

木々は緑に輝き 赤いバラは美しく
どれも私たちの周りで 咲いている

そして ふと思う なんて素晴らしい世界

どこまでも青い空と まっ白な雲
光りあふれる日と 聖なる夜

そして ふと思う なんて素晴らしい世界

七色の虹は 美しく輝き
行きかう人々の 顔も輝いている

友だちが手をとりあい あいさつをかわし
「愛してる」と 言っている

赤ん坊が泣いて やがて育っていく
きっと たくさんの事を 学びながら
そして ふと思う なんて素晴らしい世界

OH,YES


YouTube : Louis Armstrong-what a wonderful world

2007-03-10

Janis Joplin Move Over

昨日、少しジャニス・ジョプリンの事を書き、YouTubeでジャニスを検索してみた。

映像を観、やはり泣ける。
映画『ジャニス』は何故DVDにならないんだろう。

「Move Over」、日本ではセンスない「ジャニスの祈り」というタイトルで知られるこの歌こそ、ジャニスだ。

もう終わったと云うね。ベイビー
そうよ終わりよ
だったら何をぐずぐずしているの
さあ、とっと消えてちょうだい
あたしは男が欲しいのよ
それはあんたも判ってるじゃない

愛を貪り、求め続けた女は「有名になって、私を蔑んだ奴らを見返してやる」と帰郷し、完全無視の仕打ちにあう。

「ベンツが欲しい」は得られない愛の見返りを金で貪る女のうめき。

生きながらブルースに葬られ

「サマータイム」にラリるジャニスが愛おしい。

2007-03-09

ヌスラット・ファテ・アリー・ハーン Nusrat Fateh Ali Khan

TouTubeのビデオクリップ活用で、ずっと投げ出していたうちの音楽ページが意味あるものになりかけている。

日本が終わり、アジアも一通り、クリップ検索終えた。

アジアの音楽を見ていくとその多彩さに驚かされるけど、映像が加わるとなおの事、イメージが広がる。

その中で生涯二度と観られない想い出のライブがパキスタンの宗教歌カッワーリーの巨匠、ヌスラット・ファテ・アリー・ハーンの東京ライブ。

10年に一度しか行かない東京の恵比寿で観たヌスラットのライブは圧巻だった。

アラーを讃える歌は弟子たちとの掛け合いで、讃える歌声を競い合い、互いに煽り、15分から30分に及ぶ演奏は歓喜のトランスとへ向かう。

当日、おそらくは在日のパキスタンの方達と思うけど、舞台の演奏に煽られ、舞台袖で一群となり、踊り狂うフィナーレは人間の歓喜が踊りにある事をまざまざと見せつけられもした。

異境の地の同郷の者たちの歓喜。
それは想像以上と尊いものであると思いもした。

この時、新宿で観たジャニス・ジョプリンの『ジャニス』は逆に故郷を追い出された女の見返してやるとの執念の映画。

人と人との絆は異境の地で判るのかも知れない。

この時、時間裂いて、ご馳走してくれた友にも感謝している。

2007-03-05

ただ神に願うことは Solo Le Pido A Dios

ラテンアメリカのみんなの歌。
「ただ神に願うことは」Solo Le Pido A Dios

日本の商業左翼に捧ぐ。
地球がこれ以上燃えませんように。
そして、星条旗よ、永遠なれ。

神様にお願いしたい ただひとつ
苦しみも わたしのものにしてください
わたしが死ぬ時にたったひとり
やりたかったことも出来ずに死にたくない

神様にお願いしたい ただひとつ
不正も わたしのものにしてください
キリストは左の頬を出せといったけれど
こんなに殴られて もういやだ

神様にお願いしたい ただひとつ
戦争も わたしのものにしてください
そいつは大きな化け物で踏みつぶす
悪を知らない私達の貧しさまでも

神様にお願いしたい ただひとつ
嘘も わたしのものにしてください
民よりもひとりの裏切り者の方が
力があるなら そいつを忘れないように

神様にお願いしたい ただひとつ
未来も わたしのものにしてください
幻滅に逃げることのないように
他の文明に生きなくてもすむように

2007-02-20

ダーウィンの悪夢 DARWIN'S NIGHTMARE

映画『ダーウィンの悪夢』

体調最悪で、疲れから映画鑑賞中、眠気との闘いではあったけれど、『ダーウィンの悪夢』を鑑賞した。

この映画の評価としては、ドキュメントはウソつきという点と先進国側の人間の視点という事がネットにて語られている。

タンザニアのヴィトリア湖周辺という限られた地域の話題として、第三世界の問題を詰め込む語り口は事を単純化しているようにも見えるけれど、単純化させたグローバルだからこそ負としてのグローバルの問題点も浮かび上がったようにも思う。

ナイルパーチによる生態系の破壊はうがった見方をすれば、欧米、日本人のアフリカ侵略の構図だろうし、昨今語られるグローバルの視点も生態系の破壊だろう。

ワーキングプア、ストリートチルドレン、売春、エイズ、武器の密輸と負のスパイラルは疫病という形で世界に蔓延しようとし、乱開発が温暖化を推し進めもしている。

この映画が世界のアンバランス状態の起点を描くのみに終始した点は良くもあり、悪くもあると思う。

その結論を映画監督フーベルト・ザウパーはヨーロッパとアフリカを行き来する機長に「クリスマス、アフリカの子供達は武器を貰い、ヨーロッパの子供達はブドウを貰うんだ」と語らせる。

タンザニア=悲惨ではなく、先進国=悲惨という視点が抜け落ちてしまっている故にナイルパーチ不買など安易な「救い」に観客は向かうのだろう。

問われるべきは温暖な地に首都を構える先進国の資本主義システムがここの地球を食いつぶそうとしている事なのだと思う。

2007-02-14

グアンタナモ guantanamo

グアンタナモ

映画『グアンタナモ、僕達が見た真実』
観てきた。

アメリカの民主主義のでたらめさは1920年代のアメリカ史上最大の汚点と言われ続けられている「サコ&バンゼッティ事件」から何も変わらずにいるのだろう。

「サコ&バンゼッティ事件」はイタリア移民として堅実に働いていた二人が冤罪に巻き込まれ、一方的な立証で死刑になった話で、あのフォークの神様、ウディ・ガスリーもレコードに吹き込んでいる。

そして、ベトナム戦時下、『死刑台のメロディ』として映画化され、ジョン・バエズが劇中死刑になった二人に向けて、「勝利への讃歌」を高らかに歌い、鎮魂していた。

『グアンタナモ、僕達が見た真実』は9.11直後、世界貿易センタービルの敵討ちとして、シルクロードのクロスロード、アフガニスタンをアメリカが空爆した時、アルカイダの一員の嫌疑をかけられ、キューバ、グアンタナモ収容所で気も狂わんばかりの拷問に耐え続けた在英パキスタンの若者たちの実話。

『それでもボクはやっていない』のような良質の人権擁護映画がせっかく生まれたのに、痴漢冤罪という狭い枠でしか観られていないような日本において、これらの人権擁護がどこまで理解されるか気にかかるけれど、単に戦争の裏側を描いた映画などではけしてない。

ただし、尋問される側の人権擁護のみを描き、管理社会の手先にならざる終えない収容所に詰めるアメリカ兵の感覚麻痺という人権擁護を描けていないのは残念に思う。

人を物以下に扱い、虐待するのが役目の彼らの社会復帰は尋問される側と同様に困難なものであろう。

職務全うという綺麗事で人間のナチュラルな感覚を破壊する事。これもまた人権無視なのだから。

玉石混合ではあるけれど、韓国映画『もし、あなたなら 6つの視線』が人権とは何かを教えてくれると思う。

2007-02-13

実写版「サザエさん」 "Sazae-san"

実写版「サザエさん」

清川虹子を検索していると。

左から… ノリスケ(仲代達矢)、ノリスケの恋人ミチコ(青山京子)、マスオ(小泉 博)、サザエ(江利チエミ)、監督(青柳信雄)、フネ(清川虹子)、波平(藤原釜足)。

うろ覚えの記憶に実写版「サザエさん」

ジャズにルンバ、マンボ、フォルクローレ、アラブの「ウスクダラ」世界のいろんな音楽を歌っていた江利チエミのサザエさん。

映画、音楽も国際色豊富に巷にあふれ、世界を知ろうとどん欲に文化芸能が花開いた1960年代。

「夢で逢いましょう」も囚人ソングの禁歌「夢は夜開く」に取って代わる以前のお話。

あぁ、懐かしのジャパニーズ・ルネサンス

グローバル知らずのグローバルバトル、愚かなり。

2007-02-12

女は度胸 woman is courage.

映画『喜劇 女は度胸』

森崎東監督のデビュー作『喜劇 女は度胸』(1969年作品)は倍賞美津子のデビュー作でもあり、当時売れっ子の渥美清と清川虹子の共演場面がスケジュール上どうしても都合が合わずに、合成を使わずに撮影に工夫された作品。

物語は清川虹子母さんがどっかり腰据えたお話。

「女はご飯と一緒に涙を飲み込むもの。男は酒と一緒に涙を飲み込むもの」

家族崩壊、核家族化の始まり、フォークが流行り、女達が「私も人間」と声高に語り始めた時、古い女は出ていく子供らを見送り、酔いつぶれた駄目亭主に布団を被せる。

「あぁ、私は豚だよ。」
「豚にしたのは誰だい!」
「汚れた物は元には戻らないのさ」

ウーマンリブで自由勝ち得た女達は古い女達を振り返ったのでしょうかね?

女の職場の親睦会役員の中の黒一点。

一年の総まとめ、総会を終え、出来れば専業主婦でいたいお母さんたちのパート労働の居場所確保にお付き合いしてきて、ふと、この映画を思い出す。

『産む機械』に専念も出来ず、共稼ぎの上に、産んだ子供は学歴社会の受験戦争。

「汚れた物は元には戻らないのさ」

キャリアウーマンにもならず、パート労働一筋に生き、夫や子供の面倒が片手間になる事を詫び続ける女たちの酒盛りは続く。


2007-02-10

我が祖国 This Land Is Your Land

トラヴェシア

大工哲弘さんの『蓮菜行』の2枚目後半はやはりとりわけ素晴らしい。

「一坪たりとも渡すまい」で東シナ海の平和を願い、「標準語励行の唄」で八重山史を「国民の煙草 新生」で、日本庶民感情を歌い連ねて、ラスト曲人種差別の少ないブラジルへの憧れ「トラヴェシア Travessia」に辿り着く。

ちょっと気になり、「トラヴェシア Travessia」の元歌を歌ったミルトン・ナシメントのCDを聞き返す。

「トラベシア Travessia」は1960年代軍事政権下、若者の反逆の時代、デビューを果たしたミルトン・ナシメントの初期代表曲。

君が行ってしまった
僕の人生には夜が来た
僕は強いさ。でもどうしょうもない
今日じゃ涙も止まらない
この家も自分のものじゃなく
自分の場所じゃないみたいだ
僕はひとり、耐えられない
話したい事がたくさんあるんだ

あきらかに軍事政権となり、自由を失った者の哀しみを歌った歌。歌は「それでも僕は生きていく/もう夢は見ないのだから/今日僕はこの人生を、自らの力に頼んでやっていく」と締めくくられる。

数年後、世界平和を歌う先進国ロッカーにミルトンはこんな歌を贈る。

君たちは知らない この世界のごみ溜めを
怯える事などない 孤独ももう必要ない
毎日は生きるための日だ

「レノンとマッカートニーに捧ぐ」
アルバム『ミルトン』収録

言論弾圧に歌のないアルバム「MILAGRE DOS PEIXES 」を出し、その後、仲間とCLUBE DA ESQUINAを作り、郷里で活動続ける。

ブラジル民主化の頃、「学生の心」「人生のダンスパーティ」などの名曲を歌う。

日本のミルトン・ナシメント(笑)岡林信康は90年代「我が祖国」という歌を歌う。

母なる大地埋め立てろ 煙の工場でモノ作り
他国に売ってゼニ稼げ 食い物なんぞは買えばいい
母なる大地を切り刻め カラダを売るようなものだけど
慣れてしまえぱ何のこと 今じゃガキでもカラダ売る

ああ我が祖国、日の本は 小金のうなる朝日楼

お金を生まぬ無駄な物 愛する国から消してやる
あの山削れハイウェイ コンクリートでメイキャップ
煙は進歩のバロメーター お水や空気が汚れても
他所から買えばええじゃないか 金で買えないものはない

ああ我が祖国、日の本は 小金のうなる朝日楼

今じゃ世界のAクラス 朝から頬張るハンバーグ
小学生の成人病 健康ブームにダイエット
病気を知らぬは野蛮人 文明人はデリケート
夏には冷房、冬暖房 お天道様など知りまへん

ああ我が祖国、日の本は 小金のうなる朝日楼

アルバム『BEAR KNUCKLE MUSIC』
(1990年作品収録 USENの音楽ダウンロードサービス『OnGen』試聴購入可能)
iTunes Music Store 我が祖国(iTunesインストール済みで利用可能です)

暖冬から猛暑へ?
日本のレノンとマッカートニーに捧ぐ

世界の平均気温、1月も記録更新 北半球の暖冬顕著

性と文化の革命 sexual revolusion

バンザイなこっちゃ

昨年、仲間との忘年会。知り合いの店に行き、カラオケを楽しんでいる時、何げに岡林信康師匠の歌があるかどうかチェックしてみた。

案外いろんな歌が入っており、ランキングを見ると「性と文化の革命」という団塊オヤジしか知らなそうな反体制時代の歌がトップ。これにはびっくりした。

まぁ、岡林の少子化予言ソングだから、今、トップに歌われていてもおかしくはないけど。

一度団地の中を歩いてごらん
どこの家庭も子供は二人か三人
何人子供を作るのかを
きめるのは給料で二人じゃない
だからどこも子供の数は同じ
もしもみんなが好きなだけ子供を
つくる金とひまと場所をよこせと
さわぎだしたらさあたいへん
人は増えるはやとわにゃならぬ
きっと誰かさんはあわてるだろう

反体制から自分探しの自虐旅「自由への長い旅」をはじめた師匠にとっては面はゆいのかも知れないけど。

岡林信康・ドイツ鳩の世界
ナチュラリスト岡林師匠は自然と戯れられる自由を守ろうとしている。

2007-02-02

奴隷船 Slave ship

何の本に書かれていたのかおぼろげだけど、
黒人奴隷はアフリカから連れさらわれ、障害を持った者は海へ、五体満足な者は白人社会に連れさらわれた。

ボルヘスの「恥辱の世界史」にて地獄さながらの金坑で呻吟しているインディオに同情したスペインの宣教師が王に進言して、代わりの黒人を輸入して、地獄さながらの金坑で呻吟させるというようなねじくれた博愛主義は無数にあると指摘する。

日本の満員の通勤電車を「奴隷船」と海外メディアが報じた高度成長期、住宅は「鶏小屋」と呼ばれていた。

岡林信康もこんな風に歌っている。

「あんたの云っている自由なんて
ブタ箱の中の自由さ
俺たちが欲しいのは
ブタ箱の中で より良い生活なんかじゃないさ」
岡林信康「それで自由になったのかい」より
アルバム『わたしを断罪せよ』(1969年作品)より

ブタ箱の中で、「機械呼ばわりするな!」と怒ったってしゃないのに。

「有難や有難や 有難や有難や
金がなければ くよくよします
女に振られりゃ 泣きまする
腹がへったら おまんまたべて
寿命尽きれば あの世行き
有難や有難や 有難や有難や」
守屋浩「有難や節」より[CD]

地球温暖化進行曲 Song of Global warming

朝倉喬司の『遊歌遊侠 今年の牡丹はよい牡丹』を読んでいて、植木等の項で紹介されている「地球温暖化進行曲」が凄く聴きたい。

調べるとクレージー・キャッツのコピュレーションCDに収録されているようだけど、曲名表記は植木等以上の無責任。(笑)

「地球温暖化進行曲」なのに「地球温暖化行進曲」って、歩いてどうする。(笑)

まずは本論で紹介されている抜粋された歌詞をば記載。

地球が暑くなって、どこわりい
暖房いらずで、いいじゃないか

男は腹巻き、ステテコで
女はビキニで、盆踊り、ソレ!

どんどん、だんだん、温暖化
どんどん、だんだん、温暖化

こんな地球に誰がした

お世話になりました

海の向こうでは二酸化炭素世界トップの排出国の大将、ブッシュ君のCO2ビジネスが始まっているようだけどCO2退治だけじゃ、オーバーヒートは止まらないって。

温暖化認識疑問、異論でも「地球温暖化進行曲」はお勧め曲となっている。(桜井淳 発言研究まとめ@Wiki - 地球温暖化論)

やっぱり買うかな。(笑)