2009-06-20

ウェディング・ベルを鳴らせ! Promise me this/ZAVET

便利さや なくして判る 依存中毒

PHSもジムの方の車の中でお眠りしていたという知らせが入り、今日、ご帰宅予定で、一安心であると同時に、その依存度合いを実感する数日。

人間、偉そうに云ったって、みんな猥雑で、お下劣で、スケベだよ、と人間たちのバイタリティが描かれる、母国セルビアを舞台にしたエミール・クストリッツァ監督の新作『ウェディング・ベルを鳴らせ!』を観に行ってきた。

この映画に出てくる人間は誰ひとりとしてお澄まし顔などするものはなく、感情のままに動き、感情のままにぶつかり合う。お澄まし顔をする時はそれは人を騙す時。

セルビアにツイン・タワーの世界貿易センターを作ろうとする悪玉がいるかと思えば、田舎に住む祖父ちゃんは恋敵のおじさんのラブ・アタックに日々を費やし、余念がない。

みんなが自分の大切なものを守る事に余念がない世界をパワフルに、スラップスティックに描き出す。

初めは孫のために作り出したウェディング・ベルもいつしか自分のために変わり、生きる希望が生まれてくるシークエンスなんて、人が人を好きになる素晴らしさを描ききっている。ここでは機械はあくまで道具である。

東欧のジプシー、クレツマー・ミュージックのにぎやかだけど、哀愁に満ちたメロディにのって、ヨーロッパの果てに住む人たちからの人間くささを教えられる。

便利とは 人と繋がる 道具なり

アニマル・セックスし、犯し終えたら、打ち殺す。そんな変態も映画には出て来ていたなぁ。

2009-06-18

捜索願 PHS Missing

数年前に通っていたスポーツ・ジムの人から電話があり、昨日、仕事後に会ったのだけれども、その時、自分のPHSをどこかに落としたみたい。

車で街まで送ってもらい、別れた後に行きつけの定食屋で紛失したのに気がついた。

昨年の今頃もやはり落としており、この時期、羽織っているベスト・ジャケットのポケットが浅く、それが落とす原因と判っていたのに、またやってしまった。

昨年は帰りの地下鉄で落としたらしく、警察に届けられ、取りに出かけたのだけど、今回はおそらく久しぶりに会ったジムの人の車の中に落としたみたい。

連絡すればすぐ判りそうなものだけど、向こうからかかってきた携帯の番号は落としたPHSに着信履歴としてあるだけでメモっていなかったので、連絡の取りようがない。相手からも連絡はない。うちの自宅の電話番号を忘れたのか、それとも落ちているPHSに気がつかないのか。はたまた、別なところで落としたのか。

念のため、帰宅後、PHSへの転送メールを止めて、電話機もリモートロックはかけはしたけれど、僕のPHSは今、何をしているのだろう?

ウィルコム位置検索サービスなる便利ツールがあるのは知っていたけど、落とすの前提で契約し、月々利用料を払うのも莫迦らしいけど、こんな時はつい資料請求したくなる。位置検索が出来たとしても、バッテリー切れなら、機能しないのは判っているけど。

便利だけど不便な世の中、ポケット一杯はやはり不幸なのかも。

僕のPHSの帰りを祈り。

2009-06-17

ビデオ処分 Video disposal

来月の札幌市のゴミ有料化を前に、整理しなくてはと思っていた録画済みビデオテープの整理をし始め、とりあえず50本ほど整理し、燃えないゴミの日の今日、ゴミとして出した。

ハードデスク付きのDVDレコーダーで、再度放送した際にDVDに保存出来たものとのだぶりや、取って置いても観そうにないものを処分し、再度放送をしてくれない貴重な映画などは一応投げずに取っておく事にした。

ビデオテープの録画リストは一応作ってあったから、それに照らし合わせて、整理したのだけれども、それでもどうしても判らなくなっているテープは再生確認し、分別をした。

ビデオテープを再生してみるとトラッキングが狂っていたり、画質の劣化など見劣りする点は数多いけど、今なお、DVDソフト化もされていないものもあり、手元にあるものはある意味貴重な資料になっている。

全部観るかどうかという問題ではなく、観たい時に見られる環境にあるかであり、この手の映像資料は国営の組織しかなく、フィルムライブラリーも東京にしかない日本では、各自がストックするしか術がない現状でもあるのだし。

今、話題の国税を使っての「国立メディア芸術総合センター」(仮称)なども必要、不必要の単純な論議なのじゃなく、国がやらなきゃならない事業かどうかだと思うのだけど、文化意識が恐ろしいほどに存在しない日本では、民間が国の補助金で文化のアーカイブを作る発想がないからこんなバカな議論しかできないのだろう。

ブラジルでは自国の文化遺産の保護に努める活動に対し、補助金を出す制度があり、また、大きなコンサートホールを一般に無料開放する事業もあるといい、さすがは音楽を初めとする文化輸出国といわれるだけのことはある。

片や日本は、例えば島倉千代子のディスコグラフィは録音データなど仔細な資料は録音発売した企業すらデータが残されていなく、ディスコグラフィを作るには一般のコレクターのコレクション資料が頼りという情けない実情も読んだことがある。

「映画泥棒云々」のCMが映画館に行くたび、見せられるけれども、誰が「映画泥棒云々」なのかといつも思ってしまう。

DVDのレンタル化がされないどころか、正規版のDVDも発売されない名作をコンスタントに放映するNHK-BS2で、今後の放映予定を調べていると、今月末はノーマン・ジュイソン監督「ジーザス・クライスト・スーパースター」デビッド・スウィフト監督「努力しないで出世する方法」フィリップ・ド・ブロカ監督「まぼろしの市街戦」などの他、正規にDVD化されていないのが信じられないジョージ・スティーヴンス監督「シェーン」も放映される。

資格を取るとレンタルビデオ屋の店員になれると冷やかされている映画検定に出てこなければおかしいこの名作群が手軽にDVDで見られない実情がどんなにおかしな社会なのかと思うのだけど、バカの壁は箱もの予算や高額BOX商品の販売にばかり力を入れて、おバカ社会を作ろうとしているのだろう。

来月7月から変わる札幌市のゴミ回収の分別分類で、今まで大型ゴミとして高い回収料金を取っていた物が指定の燃えないゴミの袋に入るならば燃えないゴミになるというような変わりようや燃えないゴミのビデオテープがなぜか燃えるゴミになるという摩訶不思議さは凡人には理解できないけれども。

2009-06-16

蝦夷梅雨 Ezo rainy season

今年も「北海道神宮祭は悪天」のジンクス通り、肌寒い天気になった。天気予報の天気図を見るとどっしりと悪名高きオホーツク高気圧が居座っている。

真夏の暑い時に居座ってくれれば、猛暑にならずに北海道らしい湿り気のないすがすがしい暑さをもたらすのだけれども、春に居座られると、梅雨がないといわれる北海道でも「蝦夷梅雨」と呼ばれる、晴れるのか、雨なのかもはっきりしない日本の政治のようなぐずつき模様がしばらく続く。

今年は特にその傾向がひどく、昼間晴れて暑くなっても、風が冷たく、夜になると気温が一気に10度近く下がる気候不順で、日本の経済状況を映し出しているようで嫌な気分。

僕も含め、過労からなのか、気候不順からなのか、風邪ひき、咳込みさんもどこにいってもよく見かけ、新型インフルの影響もあり、昔、未来予想のマンガなどでよく見られたマスク人間もどんどん増え、職場そばの食料品売り場では店員全員マスク人間という異常光景が広がる。

毎年、家庭菜園をする母もこの悪天でその気になれないようで、畑も土おこしをした状態で止まっており、「今年は農家も苗が育たなくて、大変だ」とよく話す。

週末の職場の同僚は「あと二、三ヶ月もしたら、秋風か」と短い北海道の夏が来るのか、不安とも、愚痴ともつかない事をぼやきもする。これとて、不況風で地元企業の倒産が相次ぐ昨今を映し出しているのだろうか。

ばらまき金の雀の涙「定額給付金」と赤字、赤字と叫んでいるのに、例年並の「ボーナス支給」を確保してくれる国の関連団体の恩恵を受け、危機意識がうまく作用できない国家運営が長引く蝦夷梅雨が晴れることなく、冬支度になるかもしれないそんな時、貰うものはしっかり貰い、支払先を減らすべく、生活算段立てようと。

祭り囃子に騙されないように。

2009-06-13

四十回のまばたき forty winks

季節性感情障害の女の子を取り上げた重松清の初期の小説「四十回のまばたき」。重松清らしく、そういう女の子というだけで、偏見も同情もない描かれ方は、デビュー作「ビフォア・ラン」に出てくるノイローゼになりいなくなり、また戻ってきた女の子の描き方に似ていると思った。

ビフォア・ラン」はその女の子を自分たちの「トラウマ」にしようとした男の子たちが、戻ってきた女の子の幻想に振り回される物語を80年代の高校生として描いたものだったけど、「四十回のまばたき」は冬になると結婚している姉の家に「冬眠」しに来る季節性感情障害の女の子を面倒見る「ぼく」が妻である姉に急に死なれた年もその子が「冬眠」しに来るという、不思議なシュチュエーションを持つ物語。

「ぼく」は翻訳家で、感情の起伏が乏しく、女の子は誰彼なく寝てしまう性分で、その冬は身ごもった身体で、「ぼく」の前に現れる。感情の起伏が乏しい「ぼく」は先立たれた妻が「男」と逢い、その帰りに交通事故で死んだ事をこだわりながらも、うまく感情表現出来ないでいて、どこか心の支えを義妹である女の子に求めてしまう。

そんな疑似家族の居場所捜しのような小説で、翻訳した小説の「作家」の来訪でなんとなく「居場所」らしきものが見えてくる寓話であった。

「四十回のまばたき」小説のタイトルとなったアメリカの口語英語で「うたた寝」を意味する文句を「作家」はこう説明する。

<うたた寝すれば、目覚めた時には、たいがいの悲しみや後悔は多少なりとも薄れてくれるもんだ。一晩寝れば、パーフェクトだな。ってことは、悲しむ事すら出来ないくらい深い悲しみだって、一冬ぐっすり眠れば春にはお釣りが来るんだぜ。>

寝る間も惜しむ現代は、眠らないだけ悲しみや後悔が心の奥底に積もり積もっているのかも知れない。

小説の中で、暑くはなく寒さで記憶力が整理されやすい冬の後に受験シーズンはあるらしいという話がされるけれども、人は本来、四季の移ろいの中、感情を任せていたのかも知れない。日の光の多い夏、紅葉始まる秋、雪景色の冬、そして、花芽吹く春。その頃に五月病というポピュラーな病気もある位なのだから。

一時間やって、30分休みの小学校の授業は人間の基本サイクルだという話を聴いた事もあり、寝る間も惜しむ「時間泥棒」が「季節性感情障害」という病名を作り出したのかも知れない。

人が繋がっていられるのは「四十回のまばたき」があるからなのかも知れない。

2009-06-12

ブッタは恥辱のあまり崩れ落ちた Buddha Collapsed Out of Shame

映画『子供の情景』は原題訳「ブッタは恥辱のあまり崩れ落ちた」の方がふさわしい。

演じるのはアフガンの破壊された世界遺産「バーミアン遺跡」の傍に暮らす子供たちだけど、別に子供じゃなくてもかまわないし、「バーミアン遺跡」の傍である必要もない。

今世紀の始まり、アフガン紛争の時、タリバン政権が偶像崇拝禁止を理由に、古来シルクロードの交易の地として栄え、今なお昔の栄華を伝えていた高さ55メートルの西大仏、同じく38メートルの東大仏が破壊された場所であるから、子供らはタリバンごっこに興じ、逆らえない女の子たちを捕まえ、拉致する。

さながら日本だと、リストラ盛んな会社で、なんとかリストラを逃れ、勤める親の子供たちが、ゲームさながらに、逆らえそうにない弱い奴をいじめるようなもので、アフガンだからという風に見ると、どこ吹く風の「あーら、大変ねぇ」になってしまう。

貧困にあえぐアフガンではまともに勉学を受けられない子供たちがいて、大人の影響でタリバンごっこの殺し合いの遊びに興じるけれども、裕福極める日本では、マルチメディアで暴力が教えられる。

文字を読めない女の子は本に描かれたイラストを声にし、隣の男の子に本に書かれている事を教えられ、本を読めるようになりたいと願うけれども、今の日本ではネットのページも文章よりもイラスト重視の作りが好まれ、ゲームなどでも書かれている文字がろくに読めなくてもゲームが楽しめるよう配慮されているから、この映画の女の子のような向学心に目覚める話はあまり聴かない。

マルチメディアという空爆を浴び続ける日本の若者と、本物の空爆を浴び続け、人を憎む事しか教えられないアフガンの子供たち。

「ブッタは恥辱のあまり崩れ落ちた」とはもしかすると現代社会をシンボリックに描いた寓話なのかも知れない。ラスト、逃げまどう女の子にどうする事も出来ない男の子が叫ぶひと言は辛く重い。

子供は大人の鏡なのだから。


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2009-06-11

ソーラン節 Solon Bushi

ホッペに鼻が埋まったY議員の祟りなのか、チルドレンのあまされっ子の恨みなのか、悪天候に恵まれた今年のヨサコイも始まったようで、街中や地下鉄の中はヨサコイ・キッズが闊歩している。

ヨサコイ自体はほとんど興味ないけれど、そのネタ元になった沖合労働歌「ソーラン節」は好きで好きでたまらない。朝明けやらぬ暗い海に出漁に向かう漁師たちが互いに眠気や疲労を吹き飛ばすために気合いを入れて歌った歌は、息合わせなければ、櫓を漕いでも船は進まない自然の摂理を知り尽くした者たちの歌。

「ヤーレンソーラン、ソーラン、ソーラン
沖のかもめに潮時聞けば
わたしゃ発つ鳥、波に聞けよい」

先日の岡林信康のコンサートでもヨサコイソーランチームの踊りと共に繰り広げられた「御歌囃子ソーラン」の合間、本家「ソーラン節」も尺八、津軽三味線が奏でられ、歌われ、わがソウルをかき乱しもした記憶が真新しい。

「御歌囃子ソーラン」の映像がないか探してみたけど、見あたらなく、民謡の大家、伊藤多喜雄のソウルフルな「ソーラン節」、寺内タケシのエレキロックによる「ソーラン節」、そして、そんなのを観ていて、始めて知った金八先生の「ソーラン節」とパワフルなものを並べてみた。

欲長けた主催者とは無縁に、自費で集まり、この一時を謳歌しようするヨサコイ・キッズの踊りが今年もまた始まる。

街中をすれ違うヨサコイ・キッズたちの声の掛け合いを通りすがりに見ていると、互いに励ます労働歌の原点を垣間見る。

「踊り子さんには手を触れないように」岡林信康はコンサートでこうアナウンスしていたけれど、祭りに向かう若者たちの姿は美しすぎる。

2009-06-10

張紙をはがさないで下さい Please do not peel off the sticker.

とある札幌市内の区民センターの男子トイレ。

以前から立ち寄るたびにここは日本なのかと思うほど凄い光景だなぁと思うのだけど、ここまで来るとシュールとしか云いようがないんじゃないかな。

公共意識の欠如は薄汚れた社会を作るのだろうね。


トイレットペーパーの盗難が続発しています。


ここで洗濯しないで下さい。


「禁煙」の張紙の横に「張紙をはがさないで下さい」の張紙

2009-06-08

今日をこえて Today is exceeded.

慌ただしかった5月の行事もその総まとめ、ふたつの予定もこなし終え、ようやく一段落といったところ。

気楽になったせいなのか、身体の疲れも気力が負けない程度に回復しつつある。

問題は山積みだけど、一人でやきもきしても何も解決しないだろうし、まずはやり終えたことに満足したい。

「くよくよするのはもうやめさ
今日はきのうを越えている
きのうに聞くのももうやめさ
今日を越えた明日がある」

岡林信康「今日をこえて」の歌詞を思い浮かべ、そんな事を思う時。

朝、通勤途中の地下鉄の中、遠足だろうか、引率の先生に連れられた子供たちが、降りる駅に、地下鉄が止まると、目の前のエレベーターを見つけ、声を揃えて叫び出す。

「エレベーター、エレベーター」

引率の先生は「駄目!」と叫ぶと、子供たち、扉が開くと階段に向かって走り出す。

「こら、走るなぁ」と先生も走り出す、そんな光景を見つつ、「遊びの天才」たちは理屈抜きに「今日を越えている」。

2009-06-05

我が至上の愛 アストレとセラドン Les Amours d'Astree et de Celadon

何も観たいものがないなぁと劇場の上映作品一覧をチェックしていて、今週終映の作品「我が至上の愛 アストレとセラドン」がエリック・ロメールの作品である事を知り、見逃してはいけないと劇場に向かった。

「六つの教訓話」シリーズ、「喜劇と格言劇」シリーズ、「四季の物語」シリーズと現代を舞台にし、誰もが経験あるような物語をさらりと描き出していたエリック・ロメールが曰く「この映画の後、現役を引退するつもりだ」と語ったという「我が至上の愛 アストレとセラドン」は17世紀にオノレ・デュルフェよって書かれた『アストレ』が原作で、この物語は大河ロマン小説の原点とも言われているらしい。

5世紀のガリア地方。現代のフランス中央部ロワール地方を舞台としつつも、映画は都市化開発のため、のどかな田園風景が失われてしまったがために、田園風景が残る別地方で撮られた事を最初に断り、始まる。

些細な誤解から、恋人セラドンの不実を責め、「私の前にもう二度と現れないで欲しい」と拒絶するアストレに対し、その言葉に死までも思い詰めるセラドンは死に損ねてもなお、アストレの許しの時が来るまで、アストレを慕いつつも、人里離れた森で暮らす。

「愛」とは何なのか、身をひくのが「愛」なのか、身の潔白を説得するのが「愛」なのか、エリック・ロメールは、5世紀ののどかな世界の中で、「愛」とは何なのかをユーモアとエロティシズムたっぷりに描いてみせる。

セラドンのアストレに対するひたむきさ、アストレのセラドンに対する詫びの気持ち。それはかつてエリック・ロメールが描き続けた現代のアストレとセラドンたちの原点だなぁと、映画を観、ほくそ笑む。

人は疑り深い生き物であり、疑る事で取り返しのつかない過ちを犯し、残酷な言葉を浴びせかけもする。その修復は一見滑稽なように見えるけれども、修復こそが人間のなせる技。

人間を信じるか、信じないかは、自分が誠実か、いい加減かであるだろうし、映画の中、肉欲しか信じない狂言役が演じるように、「愛」とは何なのかをエリック・ロメールは語っていた。

2009-06-04

エイジ age

重松清の「エイジ」を読み終えた。

中学生の事件が多発し、「中学生」にマスコミが群がり、「キレる」という言葉が流行った1990年代末に、「中学生」と一括りに括られる「中学生」たちの物語を描いたこの作品は、クラスメートがある日、「通り魔」として捕まる事により、それぞれが揺れ動く物語。

シンボライズする事であたかも物事のすべてが語れたかのような錯覚は、おそらくオウムのサリン事件あたりから「ブーム」となり、「キレる中学生」、「改革なくして成長なし」の小泉劇場、「9.11」から始まるテロ対策、イラク人質に対する自己責任論、凶悪犯罪死刑論と続くのだろう。

ここで描かれた「中学生」たちは時間軸から考えれば、今は20代半ば。「エイジ」の世界を頭に入れて、その20代半ばの人々を「キレた中学生」と呼ぶにはあまりに短絡であるだろう。

短絡なイメージが好かれるのは「人ごと」だけど、「怖い」であればいいのだろう。

一括りにされる側がどう生きているかなんかはどうでもいい事で、「うざい」のに、「中学生」が「うざい」を口にすれば「怖い」に変わるというとても重宝な「ブーム」を21世紀の人間たちは手に入れたのかも知れない。

「日本の出生率が少し上昇した。」と報じるメディアは夫婦二人で二人産めば、横ばいである出生率なのに、1.37人平均の出生率で「上昇した」と「人ごと」楽観論に誘い込むようなもので、「社会」すら「人ごと」のように聞こえてしまい、恐ろしい。

社会を思う保守右翼は理念だけで動く左翼より、世情に厳しいと何かの本で知ったけれども、今という「世代」は己の保身だけで動く保守右翼が増えているのだろう。

10年前に書かれた小説は舞台を今としても何の違和感もなく、あれほど騒いだマスコミは、今も「恐ろしい社会」とただ語るだけ。

「日本の出生率が少し上昇した。」も団塊世代がいなくなった時には、日本人のみの出生率ではなく、労働移民も含めた日本国籍者の出生率になるのじゃないだろうか。

その時がシンボライズの怖さなのかも知れない。

2009-06-03

日本の恥 Shame of Japan

友だちの家に遊びに行った帰り、汗を流しに銭湯に行き、サウナに入ると、先に来ていたおじさん二人、サウナ備え付けのテレビを観ていた。

テレビは間寛平のアメリカ・ロッキー山脈の旅行記のようなものをやっていたのだけれど、ひとりのおじさんが「日本の恥だなぁ」とのたまった。するともう一人のおじさんが「こんなの日本の恥じゃないよ」とつぶやくように喋った。「芸能人のする事は恥でも何でもない」そのおじさんは続けてこう喋った。

「日本の恥」といったおじさんは別に反論するわけでもなく、適当なところまでテレビを観、熱さよけの発泡スチロールの尻敷きを持ち、サウナを上がり、水風呂に入る音がした。

僕も適当なところでサウナから上がると水風呂の湯船の脇に発泡スチロールの尻敷きは放置されていた。

洗い場で身体を洗い、湯船につかり、風呂から上がる時、「こんなの日本の恥じゃないよ」とつぶやいたおじさんがサウナから出て来て、洗い場に雑然と放置された湯桶や丸椅子を片隅に片づけ、そのおじさんも風呂から上がった。

脱衣室で汗を乾かし、番台脇のテレビの前、長椅子が並ぶところに出てくると先ほどの「日本の恥」といいつつも、発泡スチロールの尻敷きを放置したおじさんがテレビで流される「世襲制限」を自民が次期衆院選は見送り 次々回適用で集約するというニュースに、「次も、次の次も同じだろう。国民をバカにするのもいい加減にしろ」と怒っているのか、冷やかしているのかよく判らない文句を云っていた。

「こんなの日本の恥じゃないよ」とつぶやき、人が放置した湯桶や丸椅子を片隅に片づけていたもうひとりのおじさんとこのおじさん、どっちが自民党のおじさんたちに似ているだろうと流れるテレビニュースを観、ニンマリしてしまった。

2009-06-01

深くこの世を旅したかいな Did you travel deeply around this world?

娘の旅立ちを歌った歌を歌う時、この娘が今は孫を産み、その孫を抱いていると語る岡林信康は、今回のコンサートでは弾き語りで、自分が昔に作った歌をいっぱい歌ってくれた。

無数の出逢いと無数の別れと無数の忘却。忘れ去れるものを歌い続けた人なんだなぁとその歌の数々を聴き、そう思う。

忘れ去られるものたちだから、見事華麗に咲き誇る。そんな感じが第二部に用意された和楽器演奏によるコラボレーション。

笛、太鼓、津軽三味線に、韓国、アフリカの打楽器が奏でられる中、岡林の歌は続く。

「俺たちがなくしたもの、草原に生きずいて」北海道の空に似ているというので歌われた「モンゴル草原」を聞く時、いつも郷愁が思い起こされるのは、そんな忘れ去れたものだからだろうか。

夫を亡くした高齢の女性が励まされたという「風詩」を聴いた時、そこに歌われる「深くこの世を旅したかいな」という歌詞が耳に残る。

「深くこの世を旅したかいな」どれだけ自分は自分の身の回りの「この世」を旅しているのだろうか。隣に座り、一緒に聴きに行った友達の顔をそれとなくのぞき込み、そんな事を思ったりする。

2009-05-31

昭和レトロ The Showa era retro

この頃、人でにぎわうスーパー銭湯にも飽きてきて、趣を変え、時折、街中の昔からある銭湯に行っている。

今の住宅街になっているところではそれぞれの家庭に内風呂があるから、銭湯などはなかなか経営も成り立たないみたいで、ないのだけれども、昔ながらの街には細々と営まれている銭湯がまだ何軒かある。

札幌だと街中中心部はバブル時の影響もあり、新たに家庭を持った庶民が住める価格のマンションもなく、昔からの住人と歓楽街ススキノをねぐらとする飲み屋の人たちや刺青入れたお兄ちゃんたちが今も残る銭湯に入りに来る。

スーパー銭湯の人混みはそこにはなく、風呂場のカランと呼ばれる水桶が風呂場全体に響き渡る静けさの中、何とか客寄せにと昭和末期に導入されたサウナやラドン温泉が狭いスペースに配置されており、人混みが煩わしい時なんか、街中の銭湯はリラックスの場として、最高でもある。

女風呂からは昭和レトロのマニア娘であろう、「わぁ、案外広いンだぁ」という声も聞こえてくるけど、女風呂も男風呂の刺青兄ちゃんのような極道の女たちは入りに来ているのだろうか?

常連の刺青兄ちゃんのひとりが引き戸の小窓で仕切られた番台に向かって、「おばちゃん、歯磨きくれる。風呂上がったら払うから」と唐獅子模様の全裸姿で声をかける。

おそらくスーパー銭湯出入り禁止のお兄ちゃんなんだろうなぁと、目は合わさずに素肌の刺青をそれとなく見る。

理路整然と便利さだけを売りにした平成不況の中、天上の塗り壁もはがれ落ちてきそうなたたずまいの昭和レトロな銭湯が街の片隅、営まれている。

今夜はそんな猥雑な昭和レトロを思い起こさせる岡林信康のコンサート。

2009-05-30

金銭感覚 Sense of money values

先日の職場の待遇回答で、職場を取り巻く社会状況の厳しさが想定外である事を聞かされ、歴然となり、聞いていたけれども、その根本にある収支の見通しの甘さはお金中心の世の中、もの凄く甘い気もした。

あきれかえるほどの経費浪費が明らかなのは今に始まった訳じゃないのに、浪費抑制はいつまで経っても、末端の備品調達ばかり。

個人支出で云っていけば、手取りが悪くなったのに、生活スタイルは裕福だった頃のまま変えようとせずに、日常使う消耗品をケチるようなものに思えてくる。

お金中心で動いている社会であるのに、経営上はお金に支配されるのを嫌い、実務にはお金の厳しさを説くようなものなんなんじゃないか。

赤字転落が目の前と語りつつも、実際に赤字転落になるとどうなるのかのビジョンを明確に想定出来ずに、ただ赤字回避で頑張っているポーズのみ作る。そんな愚かさを感じた。

札幌で最も古いデパートであった駅前の五番館が経営不振で、西武に買い取られたのはバブル破綻の時、その西武札幌も潰れるらしく、これで札幌の歴史がまたひとつ消える。

お金中心の時代なのに、金銭感覚の危機意識を持ち続ける事に不得手になった現代人、手に入れた物はいつかなるなるという教訓すら忘れてしまっているのかも知れない。

2009-05-29

グラン・トリノ Gran Torino

イーストウッドの映画は云いたい事がストレートすぎて、見終わった後、「異議なし」で終わってしまいそうな、そんな危うさをいつも感じてしまう。

新作「グラン・トリノ」もそう。現代社会の多文化コミニケーションが日常化する状況を背景に、信じる者、信じられない者、闘う事、守る事、生きる事、死ぬ事、そんなものが順々に定義されていく。

一昔前なら、「許されざる者」とかそれを西部劇の形を借りて描かれていた物が、今は現代の話としてごく普通に通用する。戦争を繰り返し、労働力を戦火で失っていったアメリカという国はそんな混沌とした多文化コミニケーションが鮮明な国でもあるのだろう。

見方を変えれば、昔の西部劇やイーストウッドが演じた「ダーティ・ハリー」シリーズなんかは多文化コミニケーションが浸透する社会で、自分たちのアイデンティティを守ろうとするものだったのが、「グラン・トリノ」では年老いた老人のアイデンティティ、移民として移り住んだアジア系の家族のアイデンティティと、社会から見落とされていく人々の生き方の肯定が描かれいるように思えた。

老人のアイデンティティとして、シンボライズされる70年代に作られたグラン・トリノはアジア系の家族の男の子に引き継がれる。

グローバル化する現代に見失われる個々人のアイデンティティ、それをどう守るのかというところで、この映画は「宗教」が描かれる。

イーストウッドの映画って、いつもそんな展開だったような気もするし、だから、最終的なところで、よく判らないになるような気もする。

2009-05-28

三婆 Three grandmothers

目の手術を受けるという母の妹に付き添って、母の兄弟の末娘である叔母も昨日、訪れ、我が家は久々の三姉妹そろい踏み。

田舎でも仲良し兄弟として知られる母の兄弟は総勢9人で、女姉妹はそのうち5人。

男手はともかく、姉妹の数の多さに母は戦後の食糧難の時に札幌の親戚に里子に出されたせいもあり、兄弟たちは何かにつけて、母を気遣い、魚が捕れた時や昆布が上がった時など送って寄こす。

父が亡くなった時も、母の兄弟たちがみんなうちにやってきて、自律神経で外出もままならぬ、母を励まし、父の葬儀を自宅葬として取り仕切ってくれもした。

失われた兄弟の絆を紡ぐような母の兄弟たちを一人っ子の僕などはうらやましくも思うのだけど、そこは兄弟間の事、煩わしい事もままあるのだろう。

自律神経を患った母、同じ自律神経を患いつつも母以上に臆病な叔母、まだ若く元気で姉たちの面倒に走り回るけれども自分も足腰の痛みに悩む末娘の叔母。

これからしばらくこの三婆たちの会話でうちもにぎわう。

いつもはひとりきりな母は嬉しいような、疲れるような日々が続くのだろう。

兄弟を知らない僕は遠巻きにそんな母たちの気持をいろいろ思いめぐらす。

2009-05-27

遊び心 Sense of fun

先日の職場のボーリング大会で、ある部署の団塊小母ちゃまたちはガターを出したら、100円貯金箱に入れるというルールを設けて盛り上がっており、素敵な遊び心だなぁと感心しました。

貯まったお金はその後、みんなで飲み食いに使うそうで、実益も兼ね備えている。

大家族、複数人の兄弟の中で育った団塊世代の魅力って、争いながらも、それを助け合いに変える知恵を持ち備えているところ何じゃないだろうか。

まぁ、それが裏目に出て、助け合う振りをして、仲間を突き落とすパターンも時折散見されるけれども。

そして、そういう遊び心をよく引き継いでいるのが、今の平成キッズだったりもする。

今の世の中、遊びが最も下手なのって、大家族も複数人の兄弟も知らないままに大人になった大人たちなのかも知れない。

ちなみに僕は一人っ子だけど、従兄弟だけで50人はいるという人間いろいろな世界で大きくなった人。

2009-05-26

叔母の電話 Aunt's telephone

今朝、目の具合が悪く、札幌の大きな病院で手術を受けるという叔母から電話があった。

札幌に住む身内としていつも頼られる我が家の主である僕に世話になることを詫び、よろしくとの電話だった。

若い頃から神経症の叔母は母と同じく、自律神経を患い、細かなことでもくよくよ考える。先日も母に手術に対する心細さを電話で訴え、母になだめ諭されていた。

医療過疎となった田舎町に住む年寄りたちは大病すると都会に住む身内にこんなふうに心細さを訴えているのだろうか?都会に身寄りのない年寄りは入院先で誰に心細さをこぼしているのだろうか。

団塊世代の大量高齢化を控え、年寄りたちの悩みを聴く窓口は万全なのだろうか?

職場の団塊世代のおばちゃんが東南アジアからの介護者が増える日本の状況に、生活習慣が違うのに、大丈夫なんだろうかと、おぼろげに迫る自分の介護の事もあるのだろう、不安を喋っていた。

「介護される方はぼけてるから大丈夫。」

知らぬが仏と皮肉る僕はおそらく年寄りたちの不安をちゃんとは理解できていないのだろう。

2009-05-25

リラ冷え Getting cold when lilac blooms

ライラックの花が咲くこの季節、ライラックの花をリラと呼ぶ札幌はリラ冷えとなり、馬糞風が吹くといわれているけど、今年もお約束通りのリラ冷えとなり、かつての馬車を走らす光景はなくなったけれども、強い風が吹いている。

週末はあいにくの雨交じりだったけど、今日は晴れ渡り、風も強く、最高気温は20度を下回る肌寒い日。明日も予報では肌寒い晴れらしい。

リラ冷えのこの時期、あちこちの街の北海道開拓で作られた神社の祭りが催され、そのあとに、北海道神宮の祭りがある。

それらの祭りのあとに夏の暑さが訪れる。

今年は例年になく、肌寒い日々が続き、風邪気味さんもあちこちで見受けられるけど、このリラ冷えも長引くことなければいいのだけれど。

2009-05-24

長距離ランナーの孤独 The Loneliness of the Long Distance Runner

1960年代の怒れる若者たちを描いた映画がDVD未復刻という壊滅的な状況下にある情報隔離の日本、思い起こされるのは名ランナーを生み出す事が学校の誇りであるそんな環境で走り続ける長距離ランナーの孤独を描いたアラン・シリトー原作の映画化作品「長距離ランナーの孤独」

期待を一身に背負い、ゴール間近で走るのを辞めるランナーの孤独はその後に待ち受けるまわりのバッシングの恐怖を呼び起こす。だから、人は走り辞める事が出来なく、目の前にぶら下がった銭を追い求め、ある者は近道を、ある者は苦しむ事なく走る事を考える。

この春も親睦会役員として、職場の親睦を名目としたレクリエーションとして企画したボーリング大会を今夜に控え、それが終わるとアメとムチのムチにあたる賃金回答を聴くために本社人事のお歴々の来る日に職場に出向かなきゃならない。

ここで仮に「長距離ランナーの孤独」のようにボーリング大会を、賃金回答をサボタージュしたら、どうなるだろうか。人のためによかれと動き回るうちに、それが当たり前となり、いつしか役目となって、義務を強いられる。そんな社会の息苦しさを感じるのは、不景気、合理化の時代だからだろう。

僕には走り辞める勇気なんか持てない。ぶつぶつこうやって文句を云うだけ。

人気絶頂期の岡林信康は「長距離ランナーの孤独」を実行し、無責任、身勝手とののしられた聴く。その時を振り返り、岡林信康は自分が持て囃されて空っぽになる怖さと孤独になりたくなくて無理して舞台に立つ恐怖の板挟みに、「引きこもり」だったと自分を語る。

来週末はその岡林信康のコンサート。それを目の前にぶら下げて、今週は走るっきゃない。走り辞めたら、がらくたと呼ばれる世界で。

2009-05-23

赤壁ならぬバカの壁 Wall of not Red Cliff but fool

雨交じりの休日、時間の都合を調べると「レッド・クリフ Part2」に間に合うような。人づてに評判を聞くと「面白い」という話だったけど、「レッド・クリフ Part1」は実写付きCGの劇場まるごとゲームだったからなぁとためらいながらも、上映館へ行ってみる。

まずの難癖はチケット売り場のお姉ちゃん。提示した障害者手帳を手に取り貼られている写真を見ての本人確認。こんな女、始めて出逢った!あのな、障害者手帳は本人確認のためにあるもんじゃなくて、貼られている写真が若かりしやんちゃ兄ちゃんだったら、場合によっては可愛いベイビーの場合だってあるねんぞ。四角四面なバイトベイビーは人権知らずだから気持ち悪い。

一年半ほど前のTSUTAYAあほギャルの人の携帯何すんねんを思い出しちゃった。

接客業の接客マナーのなさにあきれつつも、まずは館内へ。長々しい予告のお陰でどうにか本編前に間に合う。

レッド・クリフ Part1」の時はトニー・レオン、金城武のお二方も若かりし頃の「恋する惑星」のバカっぷりをまじめに演ずる頃の方が素敵だったなと思いつつ見たっけと、思い返しつつ、「レッド・クリフ Part2」を見始める。

「三国志」の話はおそらく読んだ事がないだろうけど、赤壁の戦いの前哨戦だった「レッド・クリフ Part1」より戦い本編の「レッド・クリフ Part2」は面白くなきゃそれこそ詐欺だ。

けど、まぁまぁ、テレ朝を筆頭とするジャパンマネーは頭脳戦の「三国志」を換骨奪胎、CGのゲーセンさながらに音と画面で感覚麻痺させ、見る者を現実逃避させていく。

頭脳戦の「三国志」の片鱗は自然気象を知る者が戦いを制するという逸話に見られるけれども、それとてぶつ切り。映画は金城パートとトニー・レオンパートに完全に分かれ、二人の見せ場比べと相成る。「恋する惑星」のバカボーイ二人もオヤジになったなぁと思いつつ、めまぐるしく変わる戦闘シーンはどうでもいいやとこちらもオヤジモード。

頭脳戦の醍醐味を描けなくなった香港ノワールの旗手ジョン・ウーが悪いのか、ゲームしか頭にないジャパンマネーが悪いのか。

早くこのバカの壁を吹き崩す東風吹かぬかと思うこの頃。

2009-05-22

地縛霊にならないでね Do not become The Earth bound.

重松清の「ナイフ」の中の一遍「ワニとハブとひょうたん池で」の中にクラス全員からハブかれた女の子にハブいた女の子たちが「ねぇ、ハブちゃん。悪いんだけど、あんた、今夜死んでくれない?」「安らかにお眠り下さい」「地縛霊にならないで下さい」「ワイドショーに出てね」と「死ね死ねコール」を浴びせかける場面がある。

「地縛霊にならないで下さい」って、地縛霊なんてなりたくてなれるもんじゃない。「死ね死ねコール」を浴びせかけるからなるものだろう。

うちの叔母も金がらみのトラブルで、取り立て屋が叔母のマンションに押しかけて、「窓から飛び降りてくれると助かるんだけどなぁ」と云われた事があると教えてくれた事がある。

「死ね死ねコール」は何も特定のいじめだけじゃなく、賢い殺人者は「死ね死ねコール」を浴びせかければ、罪は被らなくていい事くらい知っている。死刑になるようなお人好しに、「死ね死ねコール」を浴びせかけるバカの中に賢い殺人者は山ほどいる。

今流行りの新型インフルで感染者を出した学校の校長だかが泣きながら記者会見をしているのをテレビのニュースが得意げに流していたけど、これだって、「死ね死ねコール」だろ。

スクープを追い求めすぎるとニュースキャスターが新型インフルの運び役にもなるかも知れない。

けど、このニュースの光景、どっかで観たなぁと思ったら、イラク人質の「自己責任バッシング」と同じやんけ。

そんなに新型インフルが怖いなら、さっさと世論を煽って、鎖国政策実施させりゃいいのに、そんな勇気もない。

騒ぐ奴ほど生き意地汚く、地縛霊になりやすい。「死ね死ねコール」は「死にたくないよコール」。死にたくないなら、もっとまともに社会を考えろってんだ。

こんな奴らが地縛霊になるからいい迷惑なのに。

2009-05-21

とまどい世代 The puzzled generation,

青い鳥」から読み始めて、「きよしこ」「愛妻日記」、デビュー作の「ビフォア・ラン」、直木賞作品の「ビタミンF」、坪田穣治文学賞の「ナイフ」と読み終えて、数の力の団塊の世代の後、しらけ世代と呼ばれたうちらの世代の更に下、バブル景気で踊られされ、今、40代半ばになろうとする重松清の社会観が反映された作品群に「とまどい世代」とでも呼べばいいのだろうか、そんな物を感じる。

団塊の世代のように数の力で社会制度を作り上げたわけでもなく、うちらのように団塊の世代からしらけ世代と皮肉られたわけでもなく、バブル景気で「金の卵」のようにもてはやされながらも、受験競争の末の学歴社会の洗礼を受け、バブルが終わると共に、バブル処理を背おらされたような、そのくせ、バブルの夢から抜けきらない、そんな世代が、続く団塊ジュニアのバブルを知らない受験競争のみの社会の厳しさを教えられたモラトリアム世代を部下や我が子の担任教師として、なんかおかしいと思い、わが子たちは過酷ないじめという生存競争の中にいて、手をさしのべるすべもない。そんなやっかいな社会のポジションで「おじさん、おばさん」としてどう生きようかと迷っている、そんな作品群が何となく共感持てる。

重松清の読んだ作品の中には主人公たちより年上の世代で出てくるといえば、年老いた父母たちくらいで、一回り上のうちらしらけ世代はあまり出てこない。

社会をひたすら背負うとしているようなそんなおじさん、おばさんは自分であるようにも思えるし、どっかで逃避しがちでいつまでもしらけ世代であるような自分への社会感の問題提起にも感じたりする。

けれども、重松清のこだわる「いじめ社会」が築かれつつあったうちらの子供時代はやはりその頃、お兄ちゃん、お姉ちゃんだった団塊の世代が働く場を確保して、ブランド化させたのが、受験競争、学歴社会、そして、いじめ社会に向かう根源のように思えてくる。

社会の牽引役から降りようとしない団塊の世代の大量定年の引き延ばしの後、日々忙殺されるとまどい世代は更なる過酷な環境を迎えるのかも知れない。

問題は今にあるんじゃなくて、未来にあるのに、しらけ世代である僕などはそんな取り越し苦労をするけど、如何に巻き込まれないように生きようかとやはり逃げばかり考えるのだけれども。

2009-05-19

物忘れ forget things

久々にウェブページの作成をしていて、メールに書き込みを送る既存のCGIの活用方法をすっかり忘れてしまっている事に気づき、大汗かいた。

持っている知識でも使わなければ、忘れてしまうという事は重々承知だけれども、実際忘れてしまっている自分と出くわすとちょっとショック。

今、若い頃は元気に飛び回っていて、数年前大病し、ひと月おきに定期検診のために襟裳から札幌の大病院に通う従弟がうちに泊まっているのだけれども、元気そうにしながらも時折苦しげな咳込みをしているのを聴くと気の毒に思えてくる。

今と昔のギャップに否が応でも向き合わされた時、人は自分のおごりを知るのかも知れない。

2009-05-18

レク準備 Recreation preparation

週末の仕事恒例の春の交流会、今年は準備する役員の負担を少なくすべく、仕事後のボーリング大会をする事になり、来週に控えた本番前の人数確認、チーム作りなどその準備の大詰め作業を昨日の仕事後、行った。

自分の所属している部署のメンバーが仕事後の交流会に対して、協力的ではなく、無理解な分だけ役員を務める身としてはストレスになっているのだけれども、今年の役員メンバーはチームワークもよく、話し合いに参加していてもストレス発散になって、助かるけれども、そうなると余計に無理しがちで身体の負担がちょっときつい。

ボーリング大会の会場の準備は僕の幼なじみがその営業マンを勤めている事から手配して貰ったのだけれども、値段交渉が落着したので、会場の準備は他のメンバーにお願いする。

このレクリエーションの後、雇用側の今年の雇用待遇に関する回答も控えており、気の抜けない時ではあるけれども、まずは職場の仲間の親睦を深めるこの行事、無事終わる事を願うばかり。

参加者総勢85名、その大半が団塊おばさま軍団。何のトラブルも起こらない事を。

2009-05-17

お尻と頭 Hips and head

体調不良になる前に左足の付け根のお尻のあたりが痛くなっていたんだけれども、その後、いろんな体の変調が出始めたなぁと、今さらながらに思い返している。

この尻の痛みは十年ほど前、くしゃみから身動きが出来なくなったヘルニアもどきの時に、背中の中心当たりを核に左首筋と左足の付け根に至る神経の痛みが走った時から、時々ある痛みで、一番ひどい時は排便をも邪魔していた。

十年経っても、背中の中心当たりと左首筋、それに左足の付け根のお尻のあたりの痛みは時々ひどくなり、我慢は出来るけれども、なんか変という身体のイエローカード的な役割になっているみたいだ。

今回も様々な治療を試しながらも、何となく具合の悪さが残り、咳も取れないので、シグナル出し続ける左足の付け根のお尻のあたりに湿布薬を貼ってみる。

寝る時に貼り、横になると、激しいめまいが起こり、すぐに収まり、翌朝はあんなにしつこかった咳も軽くなっていた。頭と尻の不思議な関係がどうもありそうだ。

十年ほど前の身体の変調はちょうど数え42歳の厄年に起こった事もあり、気にかけているけれども、体調不良になると決まって、大きなくしゃみが出たり、その節々が痛くなったりする。トラウマかも知れないけれども、自分の身体のバロメーターのようにも思え、そこから身体の神秘に関心を持つようにもなった。

日本人は医者や薬に安易に頼りがちになるという話を聴いた事があるけれども、やはり僕が厄年の時に亡くなった父は糖尿で薬漬けの生活を送り、飲み忘れると血糖値が上がり、具合悪くなる薬に生かされている生活を送っていたけど、それを看病する母は病院のまかない婦を勤めていただけに薬の怖さを見聞きしており、更年期の自律神経失調にかかっても、余程でないと病院にも薬にも頼らずにいた。そのせいか、今も内臓系が侵されることなく、自律神経失調だから外出は思うようにいかないけれど、元気で家の中の事をこなしている。

自分の身体の扱い方を知る事って、生きる上で一番大切な事なのかも知れない。

みんなが同じパターンで具合悪くなるわけでも、元気になれるわけでも、悲しいと泣くわけでも、素晴らしいと感動するわけでもなく、五臓六腑という共通のものを使いこなしているだけなのだから。

2009-05-16

めまいクリニック Dizziness clinic

人は自然に自分の身体が悲鳴を上げる前に、怠けたり、さぼったりしてリセットスイッチを入れているのかも知れない。そのタイミングをなくした時、体の変調が現れるんじゃないんだろうか。

休みの昨日もそんな感じで、観たい映画を見に行こうと出かけたけど、地下鉄で街に出たら、映画上映まで後数分。急げば頭欠けながら観られただろうけど、気乗りせず、何となく頭の中もモワーンとしていたので、職場の所長が以前教えてくれた「めまいクリニック」にかかってみようかと、再度地下鉄に引き返す。

職場の所長が教えてくれた「めまいクリニック」をネットで検索した時に引っかかった病院が教えてくれた病院なのかどうかあやふやだったけど、そのサイトを観た時、何となく受診してみたいなぁと思っていたので、記憶を頼りにその病院があると思われる近くの地下鉄駅に降り立つけれども、それらしい建物はなかった。

携帯モバイルで検索してみると一駅手前にその病院はあるようで、この時期としては風が冷たいながらも晴れ上がった天気でもあり、歩いてその病院を探してみる。

耳鼻咽喉科をメインとするその病院は地下鉄駅のすぐそばのビルに入っており、看板を見るとちょうど昼休みの時間、適当に時間を潰すには何もない街並みなので、中に入ってみると、受付の看護婦さんが控えており、すぐに受付をしてくれ、病状を記す問診票の記入が終わると診察室に案内される。

古びた一室ではあるけれども、精密機器が揃えられた診察室で、ここの院長先生が応対してくれ、問診票に沿って、耳や鼻を調べ、小型カメラで捉えた耳や鼻の内部映像を見せてくれる。

耳には髪の毛が一本紛れ込んでおり、鼻は鼻炎で腫れ上がっている。そんな状況を教えてくれた後、鼓膜の感度、身体のバランス具合をそれぞれ調べると、この病院のお勧めメニューである電気療法を受ける事になる。

耳鳴りやめまいが専門分野の院長先生だけあって、例えば耳には髪の毛が一本紛れ込んでいたら、どのようなケースが現れるかも知れないという話などをしてくれ、耳鳴りやめまいの発生原因を判りやすく教えてくれて、血の巡りの悪さがその諸原因を作り出すから、両側のこめかみに電極を貼り付け、微電流を流し、一時間ほど診察室の奥に備え付けられたベット付きの個室で点滴を受けて休むだけの電気療法は悪さをしている患部を治す西洋医学というより鍼、灸の東洋医学のような感じがする。

点滴を受けている最中、他の点滴を終えた患者さんと雑談する院長はジョーク混じりに病気がなんであるか判りやすく教えてくれる。例えば。

「この頃、お腹が張ってきて。」
「妊娠したのかも知れない。妊娠しなくなると女性の下腹部は締まりがなくなるから、女性ホルモンをバンバン打つと下腹部はしまってくる。けれども、乳癌になるかも知れない」

「音の高い耳鳴りが気になって。」
「歳とともに聞こえる音って変わってきて、若い時は高いキーンとした音が聞こえやすいけど、歳を取るとそれが低い籠もった音に変わってくる。高い音が聞こえるのは身体と耳の感度のバランスにずれが生じているから聞こえるんですよ。」

そんな会話を耳にするうちにいつの間にか寝入ったのか、看護婦さんに起こされ、院長先生に具合を聞かれた時には頭病みも治っていた。

肩凝り、腰痛が首筋の血流を悪くさせているとの事で、いつでも点滴を打ちに来て下さいとのお話。

もしかしたら、更年期なのかなと帰り道思うのだけれども。。。

2009-05-15

受け取りサービス Receipt service

いろんな便利なサービスがあるけれども、便利さを使いこなすのはその使い道を知る情報なんだろうなぁ。

人気ブレークといわれる岡林信康の製品再販も一通り出揃い、その最後とも云える1990年代のアルバムが紙ジャケで復刻になったので、買い揃えるかと、Amazon.co.jpで注文し、今回はコンビニ受取サービスを試してみた。

同時期に東芝とクラウンからそれぞれ発売になるCDを予約注文したところ、Amazon.co.jpの配慮なのか、オプション設定でそうなったのか知らないけれど、一括発送のはずが、東芝とクラウン、一日違いの発売日に併せ、別々の発送といううざったいサービスにはうんざり。

支払い方法をネット銀行決済にしていたので、発送の度に支払所理を命じられ、これで自宅に二日続けて荷物が届けられたのではかなわない。コンビニ受取サービスにしてよかったなぁと思う。

そのコンビニ受取サービスはローソンが提携しているらしく、料金決済の請求、発送のお知らせの後に、自宅近くのローソンに届いたら、メールで受け取り手続きの知らせが来るというもので、ローソン店内のLoppiで送られてきたお問い合わせ番号と認証番号を入力し、出て来たレシートをレジに持っていけば、荷物を受け取れるというもの。

留守がちだったり、荷物が頻繁に来て、家族に煩わしく思われる時など利用するととても便利だろう。

受け取った後の翌朝、Amazon.co.jpから受領確認のお知らせもメールで入るけど、これは防犯の意味なのかどうかよく判らなく、受け取っていないならローソンに調べて貰えという風に取れなくもないけれど。

同じく岡林信康商品で、「伝説」という書籍も復刻されたんだけれども、改訂前のオリジナル本を持っており、先日、本屋で立ち読みしたところ、追記されている1990年以降の話のためにわざわざ買わなくてもいいなと、札幌市図書館蔵書検索にて調べてみると、図書館蔵書にあるので、予約受付をする。

札幌市内の図書館から予約された本が貸し出し可能になると、特定箇所の中から利用者の指定した受け取り場所で受け取れるサービスがあり、これもわざわざ探し廻らずにすむからとても便利。

こんな便利なサービスをどれだけ使いこなせるかは、それぞれの生活スタイルにあるのだろうし、時間に追われるようなライフスタイルが社会一般になってしまっているならば、便利なサービスは宝の持ち腐れだろう。

この頃はあまり語られなくなったスローライフな社会であればこそ、便利さは活きてくると思うのだけど。

とはいえ、スローライフになれない身の上、便利さに追い回される機械仕掛けにはまり込んでいる気もするのだが。

2009-05-13

オリノコ・フロウ Orinoco Flow

定期的に通院している大病院に、飲み薬がなくなりかけているので、出かける。

半年に一度のペースなので、再診手続きも初診扱いのような手順になり、受付だけでも一時間ほど待たされる。

このところの体調不良もあり、その待ち時間も具合悪くなるけど、ゴールデンウィーク開けもあり、来院患者の多さにもうんざりしてくる。

受付をすますと、診察まではそれほど待たされることなく受けられるのが助かり、主治医にこの頃の具合の悪さや立ちくらみの件など話を聞いて貰うと、主治医は仕事の状況などライフスタイルを聴いてきて、睡眠時間を聞いてきた。

夜12時くらいに寝て、朝7時くらいに起きると答えると、「もっと早く寝れば」とのアドバイス。寝るのが一番の良薬という一番肝心な事を教えられた気分になる。

診察後、昼から出勤の職場に向かう途中、街中に10数年前に流行ったエンヤの「オリノコ・フロウ」が流れていて、無理すんじゃないよと云われているような気がした。

今晩は早く寝ようっと。

2009-05-12

駅 STATION

平日の職場近くの地下鉄駅。ここで知り合いとなぜかよく出逢う。

別の場所で親身になってくれる人から、何十年前からの友人で、何年も会っていなかった人など。

昨日も帰りに、25年ほど前のアルバイトの後輩とばったり出くわし、近況やら、お互いの共通の知り合いの話やら、帰りの地下鉄の中で雑談し合い、懐かしあった。

アルバイトの頃はまだ学生だったそいつも社会に出て、札幌市の地下鉄駅に詰めていたものの、交通局の合理化から札幌市の区役所に出向となり、出向生活の方が長くなったと話していた。

別れ際、そいつは40代のおっさんじゃなく、25年前の学生時代のいたずら小僧のような人なつこい笑顔で手を振る。

歳月重ねた再会を与えてくれる職場近くの地下鉄駅はある意味、心のオアシスになっている。

2009-05-11

一年 One year

平日の仕事を始めて、一年。体力的に勤まるかなという不安もどうにかクリア出来たような気もするけれども、疲れが溜まっている気もする。

その前に週末の仕事はすでに30年になろうとしているけれども、父が亡くなった10年度前からパソコンでの在宅ワークをやり始め、家賃など支払いの不足分を埋めるために仕事をし始めたけれども、SOHOと持て囃された在宅ワークも、自分のライフワークの中で仕事が出来るメリットとは裏腹に、人との繋がりの稀薄さにずっと不安を持ち続けていた。

在宅ワークを始めた頃はまだバブルの余韻もあり、Webデザイナーの会社に、在宅ワークを基本としつつ、急ぎの時は会社に応援に行くという変則勤務なども体験しもしたけれども、バブルの崩壊余波からその会社も潰れてしまった。幸い、ネットで知り合った障害者関係の在宅ワークの繋がりが二つほどあり、ちょうど勉強していたウェブ・アクセシビリティ(誰もが利用可能なウェブ)の方で仕事が入り、その後、10年ほどはそれで収入を得ていたけれど、先に書いたように、人の繋がりが仕事が終わると切れてしまうという環境に先行き不安を感じ、平日の職場勤務が何かないかと探していたのが一年前の事。

土日と掛け持ちはきついし、ましてや土日の仕事の方も合理化が進められ、先行き不安感もあるけれども、平日一本にするのも金銭的に辛いものもあり、当分は二足のわらじにならざる得ないけれども、まずは一年という気持ちが大きい。

自分のライフワークがそれぞれうまく絡み合ってくれば、面白くもなるのだろうけど、まだそこまで見通しが立たないのもしんどいところだけれども、人の繋がりがあれば何か出来る。そんな事を思い描いているところ。

まずは溜まった疲れが出始めた自分の身体を癒しつつ、先々のビジョンを思い描ければとも思う。

一年間、お疲れ様。自分とまずは思いたい。

2009-05-10

子供の時間 The Children's Hour

こどもの日の事、お子様無料のサービスで子供たちが沢山いる場面を避けるため、無駄かなと思いつつ、少し時間を遅くして、夜の9時頃にスーパー銭湯に入りに行くと、案の定、小さな子供を連れた大人たちが子供を銭湯で遊ばせていた。

これから風呂から上がり、身支度して、家に帰ったとしても、寝床につくのは下手すれば夜中の日付が変わる時間になるだろうし、遊ばせ放題の子供たちのはしゃぐ気持ちが落ち着かなければ、更に子供たちが寝る時間は遅くなるだろうにと、人ごとながら、いつもように思ってしまう。

重松清の「きよしこ」に、ピーターパンは子供じゃないのに、大人になれない子供の代名詞にさせられているというような記述があったけれども、時間を忘れて、子供たちとスーパー銭湯で過ごす大人たちこそ、大人になれない子供なのじゃないだろうか?

子供から大人になろうとする時期の平成生まれの大学生たちと同じ職場で接してると、こんなに大学生って、子供じみていたかなと思う事がままあるけれども、大人になれない子供たちが育てた子供はもの凄くもろい部分を持っているのかもしれない。

職場の管理職を任された人たちも大人になれない子供のように指揮系統の云われるままに動く小さな兵隊のようにも思え、相対する人間の個性などまるっきり無関心にならざるおえなく、みんな自分の殻にひきこもる自閉のようにも思えてくる。

手を取り合って、手をつなぐ子供たちに夢を教えたピーターパンがいなくなった時、それが正しいピーターパンシンドロームなのだろうか?

日本の知的障害の教育の元となったといわれる話を映画化したものに、戦前の「手をつなぐ子等」、戦後の「忘れられた子等」というのがあるけれども、今の時代はどんな子等の時代なのだろう。

知り合いのブログでも「人の向き不向き」を今さらながらに驚いたり、「便利さ」と誰でも使える事の優しさの違いに戸惑っていたりしており、なんかこれもピーターパンシンドロームのように思えてくる。

子供のまま、浮き世を終わりたいと願った映画「男と女」のピエール・バリューはもう子供じゃないんだと判っていたから、そう思ったんだろうけれども。

みんなが幸せになりたいと思っている。
私は笑うのが好きだし、他の人が楽しんでいるのをじゃまする気はない。
けれど悲しみのないサンバなんて酔えない酒と同じ、
私の好きなサンバじゃない。
歌が嫌いな人もいれば、流行だから聞くだけの人もいる。
金儲けの為に歌を利用する人もいる。
私は歌が好きだ。
だから世界を駆けめぐりその根っこを探しあてるんだ。
そうして今ここにやっとたどりついた。
サンバこそは最も深い歌だ。
これこそ歌だ。

2009-05-09

グローバルボイス・オンライン globalvoicesonline

先日アクセスログを見ていると、「Global Voices Online ? Japan: An Oscar to “Okuribito” (Departures)」からのアクセスがあり、辿っていくと、「グローバルボイス」なるハーバード大学のロースクールにあるシンクタンクがプロジェクトがある事を知った。

そのプロジェクトの紹介記事「asahi.com:世界中のブログ翻訳プロジェクト進行中 - コミミ口コミ」を読むと、言語の違いを超えて、自分の意見を発信しようするブログ記事の紹介に尽力尽くすプロジェクトであるようで、参加者の声として、「大手メディアの報道は世界を分かりやすく伝えてくれる。でも、ブログの文章は、世界がいかに複雑なのかを教えてくれます」という意見も提示されている。

言葉の架け橋になろうとするこの活動の視点は「市民メディア」なのだろう。

他の言語を翻訳する力量はないけれども、自分が見聞きした情報を情報源を含めて発信していく大切さを教えて貰ったような気がする。

What a Wonderful World. この素晴らしき世界を多くの人と共有していく動きをまずはご紹介しておきます。

2009-05-08

グアンタナモ基地 Base de Guanta'namo

多大な債務の末に軍事政権となったブラジルで、ボサ・ノーヴァ(新しい粋)のムーブメントが起きたのも僕が産まれた1958年。

ギター片手に作曲し始めたら、何週間も部屋から出てこない引きこもりの天才、ジョアン・ジルベルト、自ら歌うと下手だけど、コンポイザーの才能は天下一品のアントニオ・カルロス・ジョピン、どこぞの酔っぱらい外交官に爪の垢を煎じて飲ませたい音楽で外貨を獲得させた歌う外交官、ヴィニシウス・モレイラ。この人たちの音楽に熱狂した少年は10年後、アイドル歌手となり、民衆の保守化に反旗を翻し、わがブラジル、トロピカリズモをアピールし、逮捕、亡命を余儀なくされた。

その男、カエターノ・ヴェローゾもブラジル民主化を経て、ブラジルを代表する歌手となり、当年67歳。老いることなく、新作「ジー・イ・ジー」が発売された。

SEXと暴力を下地にした歌の数々の官能性はその中性的な歌声とともに老いる事を知らない。

その中の一曲「グアンタナモ基地 Base de Guantanamo」はストレートなメッセージソングとして、最も判りやすい曲。

アメリカ人が(国交のない)キューバの地で、人権を無視しているという事実は、動揺せずにいるには、象徴的意味において無駄に強烈だ

グアンタナモ基地
グアンタナモ湾の基地
グアンタナモ

2009-05-07

鼻炎 Rhinitis

結局、今年のゴールデンウィークは鼻風邪に悩まされて終わってしまった。

昨日、このしつこい状態にいたたまれずに、薬局に行ったら、先に来ていたおじさんが薬剤師に病状を話しており、それを聴くと、僕の症状とほとんど同じ。職場でも咳混じりの鼻風邪の学生もおり、どうやら鼻風邪が流行っているみたい。

治るかと思えば、またぶり返し、鼻水が出て、咳も混じり、喉にいがらっぽさもある。

先日、常備薬が切れたので、葛根湯を買ってはみたものの効果なく、昨日も薬剤師さんは効用が少し強めの小青竜湯を勧めてくれたけれども、即効性を求めて、漢方よりも市販薬のカプセル錠を選んで買ってみる。

薬剤師さんの説明だと、風邪でも熱があるかないかで、処方が変わってきて、熱がない鼻風邪ならば、鼻水が喉まで垂れ下がり、咳やいがらっぽさを引き起こすから、鼻炎薬を勧めるらしく、身体の負担が大きくない漢方をまずは勧めるみたいらしい。

とりあえず市販薬のカプセル錠を試してはいるけれども、症状は軽くなったような気はするけれども、まだ少し鼻水、咳が残っている。

街中と比べ、自宅近所はゴールデンウィーク中もずっと風が強く、夜になると寒いくらいだし、僕自身はダニなどのアレルギー性鼻炎で、花粉症ではないけれども、この時期はこじらせる人も多いのかも知れない。

庭の梅の木は満開なのに。

2009-05-06

悲夢 Sad Dream

オダジョーと北野武と並びアジアを代表すると評されるキム・ギドク監督との顔合わせによる『悲夢』。

過去を恋い慕う男が見た夢を過去を憎む女が実行する物語は韓国の古い街並みの残る場所を背景に描かれた胡蝶の夢はキム・ギドクワールドを見せてはくれるもののいつもの愛の泥縄にまでは行き着かない。

始めてスクリーンで見たオダジョーの演技は悪くないのに、その筋運びの荒さが終盤に行くほど、どうでもいいじゃんとなってしまう。

オダジョーが韓国人の中でひとり日本語を喋りすぎというのも気に障ったけれど、その分、イ・ナヨンがもだえ苦しむ女を演じてくれたので、救われた気もするし。

春夏秋冬そして春』以降、見えない暴力にこだわり続けるキム・ギドクはここで過去のしがらみにさまよう夢遊病の女を助けようとする男の話として描くけども、空回りだった気もする。

しがらみにさまよう女たちというキム・ギドクワールドを見られたからいいといえばいいのだけれど、『サマリア』『』のような浮遊感を見たかった気もする。

同じ映画館で上映していたオダジョー、アジアンムービー『プラスティック・シティ』は次回見る事にしたけれども、どうも評判悪い。オダジョーの世界進出は遠くはないと思うけれど、まだ序盤戦なんだろうなぁ。キム・ギドクの『悪い男』のようなアバウトな映画を観てみたいけれども。

2009-05-05

賃金の支払 Payment of Wages

何だかなぁの職場の問題一は賃金支払5原則。

変則となる夏の仕事の賃金払いが通常四週間毎なのが、六週間に一度の支払いになると発表があり、普段親睦会なんか無関心の従業員から「法律上問題ないのかなぁ」と云われ、調べてみると、賃金支払5原則というルールが労働基準法の第三章、賃金に記されているという事を知った。

近年増えている外国人労働者に対する法令資料も独立行政法人 労働政策研究・研修機構にて労働関連法が日本語文、英訳文で提示されている

賃金支払の5原則とは、通貨払の原則、直接払の原則、全額払の原則、毎月一回以上払の原則、一定期日払の原則の以上であり、労働基準法の第二十四条(賃金の支払)には要点が要領よくまとめられている。

賃金支払5原則をわかりやすく解説しているサイトも多くあり、それらを読むと従事する者の生活への支障がこの法令の根拠になっているらしい。

当たり前の事が当たり前のように無視される今の企業経営ってやっぱりおかしいけれども、このような不安が発表前から想像出来たのに、賃金支払5原則すら知らなかった自分が情けない。

以下、資料として、掲載しておきます。お役立て下さい。

第二十四条(賃金の支払)
  1. 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法 令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について 確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のも ので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で 組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合が ないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、 賃金の一部を控除して支払うことができる。
  2. 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨 時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第 八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
Article 24. (Payment of Wages)
  1. Wages shall be paid in currency and in full directly to the workers; provided, however, that payment other than in currency may be permitted in cases otherwise provided for by laws and regulations or collective agreement or in cases where a reliable method of payment of wages defined by Ordinance of the Ministry of Health, Labour and Welfare is provided for; and partial deduction from wages may be permitted in cases otherwise provided for by laws and regulations or in cases where there exists a written agreement with a labor union organized by a majority of the workers at the workplace(in the case that such labor union is organized), or with a person representing a majority of the workers(in the case that such labor union is not organized).
  2. Wages shall be paid at least once a month at a definite date; provided, however, that this shall not apply to extraordinary wages, bonuses, and the like which will be defined by Ordinance of the Ministry of Health, Labour and Welfare (referred to as "special wages etc." in Article 89).
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2009-05-04

休息日 Rest day

何だかなぁ続きの土日の仕事も終わり、ようやくわがゴールデン・ウィーク。

映画三昧する予定が、ホームページのデータ整理やら、土日の職場の春のレクリエーションであるボーリング大会の名簿整理やらと雑用に追われ、あっという間にお昼が過ぎ、出かけ損ねで気が抜けたのか、ぐずつく鼻風邪で身体が疲れているのか、パソコン前の椅子で寝入ってしまい、気がつけば夕暮れ。

こんな一日もあってもいいかと、部屋に引きこもり、雑用後かたづけをやっているけれども、まあまあ、いろいろやらなきゃならない事が多すぎる。

やはり僕は貧乏性なのかなぁとあきれてしまうけど、好きな事に夢中になれる、それがリラクゼーションとするならば、まずはよい休息日となったみたい。

2009-05-03

チョムスキー 9.11 Power and Terror

忌野清志郎さんが亡くなったと聴く。

今世紀に入ってから、アフガン難民を描いたイラン映画『サイクリスト』に感銘を受け、自ら、歌うサイクリストとして活動続けた清志郎さんは、言語学者で、『9・11―アメリカに報復する資格はない! 』の著者ノーム・チョムスキーを追ったドキュメンタリー映画『チョムスキー 9.11 Power and Terror』で音楽を担当されていた。

ギビツミ」「クラス」「あふれる熱い涙」。歌に託した想いを残し、清志郎さんは旅立たれた。合掌。

2009-05-01

陽差しに騙されて cheated by sunlight.

昨晩寝る時、喉がいがらっぽく嫌な予感がしたけれども、予感通り、今朝から咳き込みがひどい。主犯格の肩凝りを呼び戻そうと、共犯格の喉のイガイガが暴れ始めたのかなと、ずっと続く風邪気味にあきらめムードの僕。

今日は朝から天気が良く、部屋にいると強い陽差しで暑いくらいの熱気が感じられたので、月も変わった事だしと、薄手のズボンとベストタイプのジャケットを羽織り、昼過ぎにお出かけ。

ところがどっこい、外は空模様とは裏腹に冷たい北風さんが薄着の僕をあざ笑う。

失敗したなぁと思いつつ、時計を見ると、休日の映画鑑賞に予定していた映画には間に合わず、今日リニューアルオープンの映画館に予定を変えて出向いてみると、てっきり館内改装と思っていた映画館はそこにはなく、携帯片手に移転先のビル捜しと相成ってしまった。

やっと見つけたリニューアルオープンの映画館の入っているビルに辿り着くと、映画はすでに10分前に上映開始。なんか、今日はとことんついていない。

仕方なしに映画を観る予定はご破算として、スーパー銭湯へ。風呂上がりの血圧測定で、最低血圧も少し上がり始めたのは、「元気になりたい」現れなのか。

家路について、とりあえず風邪をこじらせないように外出着を厚手のものに戻してみる。

厚着で汗かき、風邪をこじらさなければいいのだが。

2009-04-30

主犯は肩凝り The principal offender is a stiff neck.

脳神経外科の検診の時に計った血圧の低さが気になり、その後も毎晩、銭湯にある血圧計で自分の血圧を記録してみた。

銭湯の測定器の使い方がよく判らずに適当に調べ始めたのだけど、銭湯で半身浴を続けた結果、値は改善されつつあったけど、めまい状態は改善されなかった。

  • 4月27日 脳神経外科測定 最高血圧 106mmHg 最低血圧 72mmHg
  • 4月27日 銭湯測定 最高血圧 103mmHg 最低血圧 54mmHg
  • 4月28日 銭湯測定 最高血圧 107mmHg 最低血圧 53mmHg
  • 4月29日 銭湯測定 最高血圧 108mmHg 最低血圧 68mmHg

変わらぬ体調にまさかと思いつつも、念のためと4月29日の帰りに湿布薬を買い、今日4月30日、出勤前に背中の凝る箇所に湿布薬を張り、出勤するけれども、行きの地下鉄ではやはりめまい感が残ったまま、けれども、職場に着き、凝った箇所に張った湿布薬が利いてきた後はそんなにめまい感はなくなっていた。

仕事帰り、いつものように銭湯から上がり、血圧を測定してみる。

  • 4月30日 銭湯測定 最高血圧 113mmHg 最低血圧 69mmHg

やはりめまいの主犯は肩凝りにあったのかも知れない。

20代くらいだろうか、やはり肩凝り主犯で、頭痛が起こり、熱が下がらない状態になり、風邪かなと思っていたところ、肩凝りだったという事もあり、僕にとっては肩凝りは万病の元のようらしい。

小学生の頃、脳性麻痺による不随運動が身体の凝りに悩む僕を見かねて、近所の整骨院の先生がただで身体をほぐしてやると云ってくれた時も結局、寝ている間も不随運動で凝り固まる身体をほぐす事は出来ず、整骨院の先生もギブアップしたほどの身体。

幼い頃に生まれ故郷の温泉に入った時から風呂が自分にとって、一番リラックス出来るところという潜在観念があり、人の揉み癖のつくマッサージより入浴療法があっているように思うのだけど、ほぐれていない凝った身体には、逆に鬱血を引き起こし、今回のようなめまいを引き起こすのだろう。

やっかいな自分の身体、主犯は肩凝りらしいと判ったけれども、めまいの再発が起きればまた別な要因があるのかも知れない。

ゴールデンウィークは自分の身体とじっくり付き合う事になりそうだけど、主犯らしきものが見えてきたので一安心といったところ。

2009-04-29

スラムドッグ$ミリオネア Slumdog Millionaire

イギリス人監督ダニー・ボイルによるインドの現役外交官ヴィカス・スワラップの小説「ぼくと1ルピーの神様」の映画化作品『スラムドッグ$ミリオネア』。

インドを舞台とした映画が何故、アカデミィ作品賞なのか、それが気になり、観に行った。

BRICと呼ばれる経済発展が著しいブラジル (Brazil)、ロシア (Russia)、インド (India)、中国 (China) の中の一国、インドも経済発展したが故にスラム街は過酷な経済格差の中に押し込まれ、はい上がろうとする者たちによって、スラムの子供たちはその生け贄となっている。

クイズ番組「ミリオネア」と平行して、語られていく回答者の少年の過去は時には目を覆いたくなる場面が映し出され、それでも生き抜いた少年の顔に戻る。

ダニー・ボイル監督のフィルム編集は過去と現在、スラムの暴力とテレビの暴力を巧みにつなぎ合わせて見せるけれども、インドを撮った外国映画という感じがし、違和感はぬぐえなかった。

インド・スラムのバイタリティがどこか現実逃避に感じられ、例えばイギリスの在英インド人街のバングラ・ビートのバイタリティを映画化してくれれば、もっとリアルに興奮出来たのかも知れない。

過酷すぎる現実がある故に、その国を植民地化していたイギリス人が単純に憧憬を持ち、それをアカデミィ賞他映画祭で賞を総なめしてしまう事がなんか免罪符なような気がしてならなかった。

ラストシーンのインド映画讃歌ともいえるダンスシーンはスラム問題を抱えるBRIC諸国の今後の底力と期待するには早計なのかも知れないけれど。

2009-04-28

フィッシャー・キング The Fisher King

MRI、X線で自分の頭蓋骨と久々の再会をし、担当医師から特に異常は見られないとの診断結果を貰いました。連休明けにまだ身体のふらつきが残っていたなら、また来て下さい。といわれ、自分の頭蓋骨写真を見返すとなんか髑髏の笑いを思い出してしまった。

以前、かかりつけの病院でMRI、X線撮影をした後、自分の頭蓋骨の中にある脳の一部が黒く映るところがあって、そこは死んだ細胞のあるところ、自分が生まれた時に死んだその細胞のまわりは死んだその細胞の機能を補うべく、活きているという。けれど、その細胞しかできない機能は回復されることなく、自分の身体の障害となり、今も右手にそれは残っている。

精密機器はあくまでも結果しか写さないし、異変が起きた時はそれ以前の映像と見比べなければ、本来正確な診断は下せない。

昨日の診断結果は要注意のまま終わったけれども、診断の前に調べた血圧測定が低血圧気味を示しており、定期検診の時は少し高めといわれた血圧が下がっている事がもしかすると身体ふらつきの原因なのかも知れないと思う。

どんなに精密な機材を使ったとしても身体の疲労は計れないし、心的外傷も見抜けない。

都会で傷ついた男二人のメルヘン・ストーリー『フィッシャー・キング』を何となく観たくなった。星空の下、全裸になるのはまだ寒いだろうけれども。

2009-04-27

草なぎ君になれるまで possible to become Mr. Kusanagi

うちの職場のアルバイトの若者たちも新年度に入り、平成キッズの新人たちを仲間に加え、昨夜は新人歓迎会が行われたようである。

「草なぎ君になれるまで飲もうよ」

グッドタイミングのSMAP 草なぎの全裸酔い潰れ騒動をネタにした昭和末期のバブルを知らない格差フリーターのお兄ちゃんたちが平成キッズの新人たちに新歓の声かけをする時のセリフがまたイカしていた。

今年の平成キッズははっきり物言うやんちゃ坊主からおとなしめのイケメン君まで多種多様だけど、「やっぱりアルバイト辞める」の初回脱落組は誰もいなく、人なつこいのが多く、いけないお兄ちゃんたちとの飲み会初体験はさぞ盛り上がった事だろう。

歴代続くうちの職場のアルバイトの新歓行事も全裸脱ぎ系の一発芸から寝ゲロ、歩きゲロに至るまで羞恥心を乗り越えて、職場仲間の意識が生まれる伝統はわが若かりし頃からの変わらぬ行事。

SMAP 草なぎのように羽目を外しそうで、羽目を外しかけた連中をかばい合う。それが出来ないようなら人間なんて辞めちまえ。

そう云いながらも、ここしばらくは若者たちの宴会にはご無沙汰していいるけど、昨夜もSMAP 草なぎでもないから警察、救急車を巻き込んだとしても一文にもならないこの連中。マスコミをにぎわす事も相成るまい。

愛おしい格差社会の申し子たちをまた一年見守るためにも、立ちくらみ気味のこの身体、まずは検査を受けに出かけよう。

「倒れたら、俺がタンカー持ちますよ」

心より心配してくれるこの子等にまた、そういわれないためにも。(笑)

2009-04-26

誰のせいでもない雨が rain not bad falls.

先日の立ちくらみからどうも体調がすっきりしない。

職場の馴染みのお客に話すと、「病院へ行こう!」といわれるし、伯父、叔母みんな脳梗塞を起こしている家系でもあるから念のためと思い、大きな脳神経外科病院で理容室を営んでいる幼なじみのところに病院の先生を紹介して貰うべく、仕事帰りに出向いてみた。

こころよく引き受けてくれ、その先生のところに電話をかけてくれ、月曜日に検査する手はずを取ってくれたその友はゴールデン・ウィークに高校の同窓生が集まる飲み会の声かけに電話を回す。

立ちくらみの継続のような具合の悪さも多分日頃の疲れからだと思うけど、前々から感じていた身体の異常をこれを機に病院で相談してみようかなとも思う。

天気は予報ほどひどくはなっていないけど、日曜の朝、窓の外は季節はずれの小雪が舞っている。

中島みゆきの「誰のせいでもない雨が」を聴きたくなり、YouTubeを検索してみる。

「月日すべての哀しみを癒せ」の歌詞が心に染みる。

2009-04-25

いのちの戦場 アルジェリア1959 L'ennemi Intime

シェルブールの雨傘』のバックグランドとなったアルジェリア戦争はフランス国内では1999年10月の法改正による「フランスの植民地支配を肯定する法律とその第4条第2項の廃止について(PDF-国立国会図書館資料)」まで「戦争」ではなく、「内紛」と認識されていたという。

「アメリカがベトナムを描いたように、フランスもアルジェリアを描かねばならない」と映画『いのちの戦場 アルジェリア1959』を企画立案、主演したブノワ・マジメルが語るように、この映画はフランス人が植民地支配で何をやったのかが赤裸々に描かれている。

「戦争」ではなく、「内紛」とする事により、過酷な拷問を行い、国際法上使用を禁じられナパーム弾でゲリラを大地もろとも焼き払う事を正当化するこの戦いは、フランスのいう「テロとの戦い」でもあった。

テロリストたちの側から描かれたレジスタンス映画『アルジェの戦い』でその「戦い」はすでに描き尽くされているけれども、支配者側の欺瞞を描いたものは50年の月日を必要とした。

理想主義のテリアン中尉(ブノワ・マジメル)は赴任直後、分別くさくこの紛争を分析し、長くこの戦地に赴任し続けているドニャック軍曹の残虐な拷問を倫理的に批判する。

しかし、いのちの戦場であるこの地では、殺されるか、殺すかの選択肢しかないという当たり前の理屈にテリアン中尉の理想主義は合理主義に変貌していく。

あまりにまじめすぎるがために、現実社会と理想とのギャップが判らない指揮官は現実に殺されていく。

映画では、第二次大戦の時、ドイツ・ゲシュタポと共に戦ったフランス人とアルジェリア人が、敵味方にならねばならない状況も描かれ、ファシズム打倒で正当化されていた植民地政策が民族独立の気運とともにその非情ぶりを示し始めた事も描かれており、それは冷戦終結後の「9.11」にも結びつくであろう。

自分の国が一時は同胞としていた他民族に何をやったのか、こうして描く事の出来るのは凄いと思うし、それはけして自虐などではなく、多民族化しようとしている「国家」のあり方を知ろうとする試みのように思う。

2009-04-24

オーマイニュース閉鎖 Close OhMyNews

市民メディアを売り物に韓国でその地位を確立させたオーマイニュースの日本版が本日閉鎖と聴く。

僕も2006年末から2008年半ばまで市民記者として、ここのブログ記事を原稿を投稿したりしていたけれど、日本に市民メディアは育たないと噂された通りのあっけない幕切れになってしまった。

掲載記事へのリンク外しをここ一週間かけておこない、投稿した記事に目を通してみたけれど、掲載記事と投稿記事の文章の改変はやはり未だに違和感を感じ、掲載記事への愛着は全くなかった。

オーマイニュース閉鎖に伴うネットの書き込みをざぁっと読むと、大手マスコミと何も変わらなかったとかいう批判が目につくけれども、オープン当時の鳥越さんのコマーシャル的な煽りの発言からそれに乗っかり、掲載記事の内容をろくに読みもしないで、思いこみのコメントをつける登録ユーザーだとか、サイトに導入された記事に対する評価システムなど、つぶし合いを助長する日本的な遊び感覚のシステムを全面に出したがために、逆にそれが編集スタッフのプレッシャとなり、世間受けする内容重視の紙面作りになっていったような気がする。

双方向性で情報の質を高めていくという課題が、掲載記事と投稿記事のギャップという問題があるのに、記名された記者ばかりにコメント批判が集中するという悪循環を生んだがために、身の回りのニュースを伝えようとする意欲ある記者も数百円の原稿料のために忙殺されるのを嫌うだろうし、コメント批判する人たちもだんだん飽きてくる。そんな状況がオーマイニュースが市民メディアになり得なかった一因があるんじゃないだろうか。

市民記者の「市民」を重んじるのか、「記者」を重んじるのか、三大新聞ではとっくにクリアされているこの命題に向き合わなかったから、ネットの市民メディアの一角は崩れたのだろう。

そして、今、僕はローカルの昔ながらの市民メディアの一角に居場所を持つようになり、数年間活動してきたネットの市民メディアから一時、身をひこうと思っている。

人と人がどう繋がり、それを自分の糧にどう消化し、人にどう伝えるかという活動はやはり互いの顔が見えなければ無理なのだろう。それは互いの顔が見えないという前提で安易な批判はしないというネットのルールが確立されていない状況下、致し方ないのかも知れない。

人と人がどう繋がり、それを自分の糧にどう消化し、人にどう伝えるか。オーマイニュースから学んだものは大きかった。

2009-04-23

とまどいトワイライト With puzzled Twilight

学生時代、映画サークルに毎晩のように通い、活動していた頃、倉本聰の書くテレビドラマが話題になり始め、サークル活動後の飲み屋でも映画の話を押しのけて、倉本聰のドラマの話で盛り上がりもした。

1979年にTBS系列TVドラマとして放送された木曜座「たとえば、愛」は当時人気だった女優の大原麗子を主役としたドラマで、その内容は忘れたけれども、主題歌「とまどいトワイライト」は今も耳に残っており、その頃のサークル活動の想い出とともに思い出させる。

YouTubeにあるかなと検索すると、さすがは団塊の世代が30代前後の時期だけあって、アップされていた。そのCDがないかと、Amazon.co.jpを調べるとタイトルCDはとっくに廃盤で、中古もプレミア価格がつけられている。

YouTubeの映像から音源だけを抽出するソフトが確かあったと思い、調べてみると、Free YouTube to Mp3 Converterなるものを見つけ、ダウンロード。英語のソフトだけど見よう見まねでさっそく試してみると、簡単にYouTubeの映像から音源をMP3に保存出来る。

抽出したMP3を携帯に入れ、繰り返し聞き、安定成長にあった日本のアンニュイな日々を思い返していた。

2009-04-22

ぐずつき4月 April when the weather is bad

例年になくいつまで経っても肌着が長袖のままの今年の4月。

今週は雨混じりの曇天が続くようだし、気温も低めになりそうだけど、気象庁の長期予報をのぞいて見ると、4月末の来週は「気温がかなり低くなる見込みです。農作物の管理等に注意して下さい。」との事で、これ以上悪くなるのぉと、気落ちする。

予想が今週に早まり、来週からゴールデンウィークは春らしい陽気にならないかなと願うばかり。

明日天気になーれ。

2009-04-21

立ちくらみ Postural hypotension

昨晩、久々に銭湯で立ちくらみを起こした。

20代くらいだったか、銭湯で思い切り立ちくらみを起こし、ぶっ倒れた経験もあり、昨晩も立ちくらみが起こるのが判ったので、その場にすぐしゃがみ込み、気を失うのを防げはしたけど、立ちくらみの度合いがひどかったのか、その余韻が尾を引く感じがあった。

ネットで調べてみると、立ちくらみは低血圧、貧血、自律神経から起こるようで、普段は少し高めといわれている自分の血圧からすれば、やはりストレスなどの自律神経がその要因なのかなとも思う。

昨晩のケースを具体的に書けば、湯船にあまり長くつからない方なのに、昨日は少し長くつかり、風呂を上がろうとかけ湯を頭からかぶった時、身体がふらつき始めた。

立ちくらみは下半身から上半身に血流を押し上げる血圧の不足によるものらしく、10年ほど前に一月半歩けなくなったヘルニアらしきものからの左足の軽いしびれ感も押し上げる血圧の不足の要因なのかなと思ったりする。

何はともあれ、立ちくらみを起こしやすい体質であることは間違いないのだから、何をするにも立ち上がりの時は十分気をつけなきゃと、身体からの教訓1、脳裏に刻むところなのだ。

2009-04-19

皐月模様 Appearance in May

有力馬がどっかに行っちゃって、皐月晴れとは相成らなかったグレード・レース。新聞などで予想馬にあげられていた馬たちが歯をむき出し、笑っているようで、悔し泣き。

暦の上での皐月はすでに週末の職場のレクリエーションでのボーリング大会と、申し入れ回答という硬軟両派が待ちかまえており、平日の職場の方もおそらくは昨年度の締めの総会準備が始まるのかなと思うのだけど、皐月の晦日は岡林信康氏のコンサートと決まっているものの、スケジュールを調べるとその日の仕事は残業で、終わるのが30分遅い午後5時30分。それから着替えて、コンサート会場のジャスマックの開場が午後6時。座席は自由席だから早めに行って、いい席を取りたい。となると、晩飯はコンサート後までおあづけとなる。

なにやら慌ただしそうな皐月模様がすでに見えてきた。

銭の深さにゃ縁無いけれど
惚れた深さを威張りやしゃんせ
旅も半ばを とっくに過ぎて
こんな大事を やっとこ知った

岡林信康「風詩」アルバム『風詩』(1998年作品初演)

2009-04-18

秘話『シェルブールの雨傘』 Secret story "Les parapluies de Cherbourg"

シェルブールの雨傘』を見終えた後、久しぶりに映画のパンフレットなるものを買い、今日は一日、それを読みふけっていた。

シェルブールの雨傘』には先に書いたアルジェリア戦争の話の他にも様々な伏線が隠されているらしく、その最たるものは女優の卵だったカトリーヌ・ドヌーブがロジェ・ヴァディム監督との間に子供が出来たけれども、ロジェ・ヴァディム監督はブリジッド・バルドーの元へ去り、未婚の母となり、女優生命も奪われかねなかったドヌーブにこの映画の話をジャック・ドゥミが持ちかけ、カトリーヌ・ドヌーブの女優人生が華開いたという事が書かれており、堕胎を禁じ、未婚を蔑視するカトリックの社会に対する批判を身を持って、取り上げたそうで、戦争、植民地、宗教、性、愛、偽善性などあらゆる問題をうちに秘めた作品だったらしい。

この記事を書いた秦早穂子氏は当時、映画の配給に携わっていて、アメリカの規制でヨーロッパ映画の配給本数が決められており、検閲を通らなければ日本の国内で上映が出来なかった状況も語られており、映画『シェルブールの雨傘』の前節になるジャック・ドゥミのデビュー作『ローラ』もそのお陰で配給を見送られたという逸話を書いている。

ドヌーブとロジェ・ヴァディムとの間に出来た息子は実父ロジェ・ヴァディムの映画で俳優デビューを果たしているそうで、この世の縁の不思議さを思いもするけど、映画『シェルブールの雨傘』で帰還兵が自暴自棄になるほどにロジェ・ヴァディムの非情さが浮かび上がる格好に当時は映ったのかも知れない。未婚である事を許さない社会が問題なのに。

入隊するための駅での別れの場面、恋人が乗った汽車が走り出した後、単なる見送りのように駅舎に戻ってしまうジュヌヴィエーブ(ドヌーブ)は薄情に思えるのだけれども。。。

2009-04-17

ジャック・ドゥミ Jacques Demy

観るたびに必ずなく映画『シェルブールの雨傘』とその監督ジャック・ドゥミが作った僕自身未見の作品『ロシュフォールの恋人たち』がデジタル・リマスターされ、再上映という事で、二週に渡り、観に行った。

未見の『ロシュフォールの恋人たち』をまず観て、体調良ければ、『シェルブールの雨傘』もと思っていたけど、風邪気味だったのもあり、結局、『シェルブールの雨傘』は今日観に行った。

ロシュフォールの恋人たち』はカトリーヌ・ドヌーブがお姉さんと共演した映画としての知識くらいしかなく、見始めて、ジーン・ケリー、ジョージ・チャキリスというアメリカの新旧ミュージカルスターが出ているのを知り、嬉しくなってくる。ジャック・ドゥミのアメリカン・ミュージカルへのラブレターなのだろうなぁとも思うけど、後半の恋のさや当てが延々と続くあたりから、疲れてきてしまった。

90分に凝縮された『シェルブールの雨傘』に比べると2時間強の『ロシュフォールの恋人たち』はきつい。

そんなわけで今日再開と相成った『シェルブールの雨傘』。開演時間に間に合わなく、オープニングの雨傘が行き交う場面は観られなかったけど、お馴染みのストーリーはデジタル・リマスターの鮮やかさ同様色あせることなく、ラストの再会シーンではお約束の涙に座席に埋もれてしまった。

雨で始まり、雪で終わる『シェルブールの雨傘』1957年から1963年までの物語の背景にはアルジェリア戦争があった。フランス市民の生活を描いた映画の中で、アルジェリア戦争が語られたのは、この作品とゴダールの『小さな兵隊』だけだと云う。映画の中で、戦争を批判する言葉は語られないけれども、出征する兵士の悲恋が描かれたこの映画。二人の間に出来た女の子が僕と同じ歳でもあり、僕の出生も似たような父と母の悲恋があったと聴くからなおのこと、この物語に親近感を感じるのかも知れないけれど。

彼女に棄てられた帰還兵に共感するのは男だからなのだろうかと、この映画を観るたびに思うのはなんでだろう?

マストロヤンニが妊夫になった『モンパリ』、ドノヴァンのメルヘン物語『ハメルンの笛吹き』などなど今では観る事も叶わないジャック・ドゥミの映画が復刻されるきっかけになることを願いたくなってきた。

2009-04-16

寒の戻り Return of cold

気温はそこそこ上がっているけど、まだまだ風か冷たく、ここ数日は寒の戻りみたいで、風邪気味の体調もそのまま継続している。

こんな時に限って、根を詰める仕事が立て込み、疲れが取れぬまま、鼻水、咳などの風邪の症状も一進一退。

体調不良の時に限って、節約感覚もなくなり、ネットオークション、レンタルDVD、それに悪友が教えてくれた「岡林信康ライブ」のチケット購入など、調子の悪さを忘れるための浪費をしてしまっている。

まぁ、それぞれ残るものだからいいのだけれど。

寒の戻りも峠を越えるみたいで、小雪舞う最低気温マイナスの今日とは打って変わって、明日は最高気温二桁とか。

穏やかとはとてもいえない早春スケッチブック、寒の戻りから感の戻りになる事を願って、南無阿弥陀仏。

来月末の岡林信康大日本エンヤトット救世楽団を聴きに行き、「極楽、極楽、極楽湯」とならんことを。アーメン。


岡林信康コンサートチケット

2009-04-12

桜咲く Cherry blossoms bloom.

春のグレード・レース、まずは桜が咲きました。次は皐月晴れと生きたいものです。(^-^)/

2009-04-11

申し入れ日 Proposal day

今日は週末の職場の待遇改善、施設改善に関する申し入れの日。

管理職員が気がつかない待遇、施設の改善を報告し、検討して貰う趣旨で、年に一回、春の賃金ベアが決まり、発表なる前に併せて検討して欲しい事を申し出るもので、仕事後にミーティングルームで管理職員に手渡される。

組合的な活動から親睦会に変わったうちの職場の会も、申し入れだけはなくさず続けられており、この日の前に会員である従事員に要望箱を提示し、声を募り、そこに出された要望を待遇と施設に振り分け、申し出る項目を整理した上で出されるのだけれども、今年は様々な要望が投稿された。

施設改善は事業所のトップの判断で対処出来るものであるから、指摘された箇所をチェックし、数週間後には回答が出るのだけれども、待遇改善は中央の人事部の判断が必要になるため、一月後の賃金ベア回答と併せて発表になる。

昨今は経費引き締めムードが強いため、厳しい状況を聴かされた上での発表となるのだけれども、今年はどうなのだろうか?

役員を務めて、早4年。そろそろ後継にバトンタッチを考えており、これが自分が関わる最後の申し入れ日にしようとも思っているから、少し気が張るのだけれども、仕事とは云われた事をこなすだけではなく、相手が気がつかないところを指摘しあわなければ、問題点がいつまで経っても解決しないという面もある事を、親睦会役員をすることにより、気付かせても貰った。

この申し入れが終われば、レクリエーション、忘年会など親睦会のメイン行事の準備に追われる。職場という人間同士のコミュニティを如何に潤滑させるか、それがもうひとつの仕事の大切な側面であると、この職場は考えている。

自分たちの生きる場を守る事こそ、仕事じゃないだろうか?

2009-04-10

シリアの花嫁 The Syrian Bride

先週観た映画の忘備録。

親類縁者と国境で裂かれた家族、「叫びの丘」と呼ばれる国境地帯で拡声器を使わなければ会話出来ないその家族に娘の縁談がまとまる。国境を越えた者は二度とこの地に戻れない。

イスラエルとシリア、レバノン、ヨルダンにまたがるゴラン高原の政治的に複雑な状況の中、娘の幸福を願い、シリアの縁者に嫁がせようとする家族は、少数民族であるが故に、孤立したこの土地では「無国籍者」として監視されもする。

生きるために長男は反対を押し切り、ロシア人の妻の元へ旅立ち、次男はイタリアへ出稼ぎに行っているけれども、妹の婚礼の日、みんなは懐かしい故郷に集まり集う。

何度も投獄される父に寄り添う母を見守る姉はいつしかこの家族を支える女性となり、不安がる妹を励まし続ける。

そんな入り組んだ環境の中、花婿のいない婚礼は進められ、いよいよ嫁ぐ「国境越え」の儀へと向かうのだけど、そこには「国境越え」のプライドを争う国の役人のメンツ争いがあった。

何の遮りもないところに鉄条網を作る人の愚かさは敵対視する者たちへの柵であるとともに、鉄条網の中に住む者たちをも縛り付ける柵でもある。

イスラエル制作という事で、イスラエル側に手落ちはないという風に作られつつも、「国境紛争」の馬鹿馬鹿しさを映画は描きつつ、役人のメンツ争いなどは縦割り行政を思い起こさせる。

人の幸福よりも自分のメンツ。心の国境を越えるのは難しい。

2009-04-08

顧客なんか作らなくていい The customer is unnecessary.

スーパー銭湯の中に入っている食事処で、我が子から届いたメールの内容を同伴した友達に話している女性の方がいた。周りを気にせず、大きな声で話をしているその内容は近く座っていた僕にもよく聞こえるもので、そのメールの内容は我が子が勤める職場環境の急激な変化に対する愚痴のようなものだった。

その話の中で、驚いたのはその上司が喋ったという「顧客なんか作らなくていい。ともかく売れ!」というもので、成果主義が横行する最近のビジネス界もとうとうここまで来てしまったのかと思わずにいられなかった。

数年前、同じ職場で働いていたアルバイトの学生が就職し、社会に出た時、その入社式で「この会社に一生いられると思うな」という訓辞を聞かされたという話に、終身雇用の崩壊、社員使い捨てが始まったかと思ったけれども、今回聴いた「顧客なんか作らなくていい」は売れればいい的なゲリラ商法へとビジネス形態が変わってきて、顧客の信頼を得る事で会社の信頼を作るという今までの当たり前のコンセプトの否定であるだろう。

ネット広告の掲載などやっていると、企業名を出さずに、何を売っているかばかりを強調した広告が多い事が当たり前になっており、掲載終了の時など、始めて聞かされる企業名にどの広告が終了になったのか判らないケースがままあるけれども、社会全体がそれでよしの状況になってきているのだろう。

ビジネス取引後のトラブルの多発など「顧客軽視」の社会的リスクは大きいと思うけど、社会のモラルはなぜそこを問わないのだろう?

母親にメールしたその子は、素朴にその会社のやり方に対し、疑問を述べているもののようだったけれども。

2009-04-07

辛い別れ You Needed Me

先週の風邪気味がまだ治らず、「今日も鼻づまり、薬がうまい」の日々、とある訃報を悼む投稿がメーリングリストで流れている。

家庭崩壊が騒がれた時期のテレビドラマに「沿線地図」という山田太一のシナリオドラマがあり、そのテーマ曲として使われていていたアン・マレーの「辛い別れ(You Needed Me)」を聴きたくなった。

私が泣いてこぼれた涙一粒
あなたは拭いてくれた 戸惑う私
あなたは私の心を晴らしてくれたのだ

私が売った魂を
私のためにあなたは買い戻してくれた
そして私を立ち上がらせ 私に尊厳をくれた

どういう訳かあなたは私を必要としてくれた

あなたは私に力をくれた
また一人で立てるだけの力
世間に立ち向かえるだけの力
また一人で大丈夫なだけの

私を高く掲げて
台座の上に載せてくれた
とても高くてはるか永遠を見渡せるくらい

あなたは私を必要としてくれた
あなたは私を必要としてくれた

信じられない あなただなんて
信じられない これが本当だなんて
私こそあなたが必要だった
あなたがそこにいてくれた

私は離れやしない
なぜそんなことするだろうか
愚か者になるだけ
なぜならやっと私を想ってくれるひとが見つかったから

あなたは私の手をとってくれた
寒い時には 私が道に迷った時は
家まで連れて来てくれた

あなたは希望をくれた
もうおしまいという時に
そして私の嘘を
また真(まこと)に戻してくれた

私を友達とさえ呼んでくれた

あなたは私に力をくれた
また一人でたてるだけの力
世間に立ち向かえるだけの力
また一人で大丈夫なだけの

私を高く掲げて
台座の上に載せてくれた
とても高くてはるか永遠を見渡せるくらい

あなたは私を必要としてくれた

2009-04-04

ミサイル報道 Missile report

この国はますます理解不能な国になったのだろうか?

まずは北朝鮮のミサイル発射準備が騒がれた段階で、国民の不安感をかき消すための方策を示すべきところを、最悪のシナリオであるはずのミサイル発射を想定したシミュレーションを報道するマスコミ。

発射の誤発表を慎重にならないまま、マスコミに流した政府。

緊急時にパニックを起こさせないように報道管制しくはずの国が逆にパニックになり、舞い上がってしまっている。

視聴率目当てのマスコミが騒ぎ、単純反応示す国民が感情的になる構図はよくあるパターンだけれども、国家が率先してパニック起こす事例は人類史の中でもまずはないのじゃなかろうか。

「酔っぱらい会見」に続き、とうとう「ばかの壁」も世界デビューを果たしたか?
あぁ、恥ずかしい!

2009-04-02

祈る人 Person who prays

行動パターンから自閉と思われる、年の頃なら20歳前後の人をよく行くスーパー銭湯で始めて見かけた時、何気なくその人の行動を見ていると、湯船につかっていて、はしゃぎそうな発作が起きそうな時に、必ず手をあわせ、合掌する姿に、面白くもあり、おかしくもあり、けれども本人にしたならば本物の祈りであるだろうと、ちょっと愛おしく感じた。

身体の不自由さや持病を持つ者たちにはおそらくこの人のような思いを必ず経験しており、そうなりそうな時、ハタ目から見れば滑稽なほどに、怖れを抱いているのだろうと思う。

自閉の定義の話を聴く機会があり、知った事なのだけれども、1) 対人的相互反応における質的な障害、2) 意志伝達の質的な障害、3) 行動、興味および活動の限定され、反復的で常同的な様式という三つ組みの障害といわれる物すべてが揃った時に、自閉と診断されるそうで、もっと判りやすく云えば、空気が読めない「KY」、人の気持ちが分からない、物事への執着が強いなどであり、三つ組みにはならない二つのみならば、大多数の人間が極論、自閉予備軍となるそうで、自閉というものはけして特殊な状態ではないそうである。

エリート進学校の生徒なども三つ組みの障害が当てはまる事例は多いらしく、顕著に見られるその本人の行動パターンや執着心を如何に伸ばしていけるのかが問題であるらしい。

身体の不自由さや持病を持つ事にしたって、迷惑かけるからという論法での封じ込めであり、身体が不自由というだけで本人が責められる道理などどこにもない事である。

「迷惑かけて何故悪い、迷惑かける事が君たちを知って貰う事なのだ」と1980年当時描かれたテレビドラマ「男たちの旅路 車輪の一歩」は働く事が社会参加とされ、社会参加出来ないお荷物扱いされていた障がい者たちの生活を赤裸々に描いたものであったし、同じく「男たちの旅路 シルバーシート」は定年退職して社会に相手にされなくなった年寄りたちの抵抗を描いたものだった。

人間として当たり前の悩みや苦しみが日本というこの国では「迷惑な事」「個人的な事」と抹殺される、それはここ最近、要領を得た若者たちにより顕著になっているように感じられる。

風邪をひいていても無理をして出て来て、「平気、平気」と咳き込みながら仕事をしていれば頑張っていると認められる。身体が弱く、すぐに風邪など貰ってしまいそうな人も職場にはいるのに。

僕も歳とともに大病の心配を気に病むようになり、出来るだけ無理しないように心がけているけれども、それが逆に怠けと受け取られかねない事もままある。

そんな時、僕は心の中であの祈る人になる。「ここで体調を崩したくない。」体調を崩した報いは健康管理出来ない本人にあると、社会から疎外されてしまうから。

2009-04-01

グロッキー Groggy

ついにグロッキーしました。

ここんところの気候不順と先週あたりからの身体の変調で、昨晩の仕事帰りには寒気がして、節々痛く、のどがいがらっぽくもなっていた。

だいたい自分の身体の傾向として、そんな病状が出始めると風邪をこじらす。

用心のため、仕事を休んで、昼間ずっと寝ていたけれども、のどのいがらっぽさはまだ残っている。

長引かれるとちょっと困る自体も起こるので、早く治したい。

健康管理は自己責任。まずは養生しなければ。