2010-02-22

30年目 Thirty Years

道民共済(都道府県共済)から問い合わせの電話が週末金曜日にあったらしく、今朝、電話してみると、入院理由になったB型肝炎の感染時期はいつなのかを問われ、生まれつきの障害である脳性麻痺とB型肝炎を結びつけようとするようなトンチンカンな問答があり、終いには脳性麻痺の不随運動を和らげるための投薬治療が加入時の告知義務違反になるかも知れないから調査すると云われた。

共済保険は掛け金が安い分、保険金請求で手間取ると友だちから教えて貰ったけど、ここまで人権無視した問答をされるとは思わなかった。

週末の仕事を学生時代から始め、30年が経ちましたという話をブログに書こうとする前に、嫌な思いをさせられたので、ついつい書いてしまう。

人の履歴を疑り出せば、いくらでも埃が出るのは当たり前で、人の集まりである企業なんて埃が溜まって、初めの理念が見えなくなっているのが当たり前なのだろう。

病気の因果関係なんて医学でも解明されていないものが90%以上あるのだから、提出求める診断書に書かれていない事を問い詰めていけば、保険会社の保険金支払いなんかしなくて済むようになり、その調査費を経費に捻出出来もするだろう。

仕事を始めて30年目経ちましたも、うまくやって30年生き延びましたね、とも云われかねない。

入った頃はのどかだけれども、物騒な環境であった仕事が、やがてバブルを迎え、人混みで勤務するのも嫌な時代が訪れたかと思いきや、バブル崩壊で物騒な環境もろともじり貧となり、今や閑古鳥の住みかになるのじゃないかと危惧されるまでの経済崩壊となり、金満日本の歩みを象徴する30年だった。

その間、長期欠勤したのは10年前の起き上がることも出来なくなった腰の痛みとこないだの入院のみ。我ながらよく続いたなと思いもするけど、人から見ればこれも自画自賛なのだろう。

報われない社会からは報われない人間が育ち、更に報われない社会を生み出す。

お金と共に育った日本の社会保障はお金と共になくなるのだろうか?とふと思う。

0 件のコメント: