2008-07-31

いけないね useless

地下鉄のプラットホームのベンチにお祖母ちゃんとその孫と思われる女の子が腰掛けました。

ベンチには誰が放置したお菓子の袋が投げ捨てられていて、女の子はお祖母さんに「いけないね」といいました。

お祖母さんは投げ捨てられたお菓子の袋をちらっと見て、「そうだね」と言い、何もせずにまた前を見て座り直しました。

女の子は投げ捨てられたお菓子の袋が気になるのか、その後もずっと見ていたけれど、何もしないお祖母さんに習い、お菓子の袋を見るのをやめました。

女の子は少し世間を知ったのかも知れないと、同じく見過ごしている僕は思いました。

地下鉄が到着して、お菓子の袋は地下鉄の風に乗り、プラットホームを舞い上がり、乗降客の足に絡まり、やがて、地下鉄の線路の下に見えなくなりました。

2008-07-30

手首の痛み Wrist pain

週末、仕事が終わる時に右手首の引きつりが最も強いところが何故か急に痛み始め、変だなぁと思っていたのだけど、月曜になっても痛みが治まらず、サロンパスを貼ってみたけど、ますます痛みが増すばかり。

その日、仕事帰りのお風呂で、お風呂のお湯と水風呂とに交互に痛む手首を浸してみたところ、翌火曜日には痛みが少しひいた感じがする。

水曜の今朝になっても少し痛みは残っているものの「大丈夫かな」

お風呂効果のせいか、肩凝りは肩凝りよりもその大元となる首筋の引きつりの筋の痛みが判るようになってきたけど、筋の痛みは簡単に取れはせず、首筋の引きつりの強さで、飲み込み具合にも影響が出始めているけど、その影響なのかなとも思ったり。

筋の痛みでは医者の誤診に悩まされたりしたので、今は医者よりお風呂療法に専念する毎日。

完治はするわけないけれど、痛みが軽くなればそれに越した事はない。

友だちのブログで少年野球の大会があるらしいとの事だけど、この頃、それらしい体型の少年たちが大勢お風呂に押しかけてきているのはそのせいなのだろうか?

体脂肪率は少年たちに負けないけれど、筋の痛みはやっぱりもうじき50の身体。

昨日は職場に車椅子のストリートミュージシャンでもある同僚の取材とかで、「Hana*テレビ」が取材に来ていたけど、活気と落ち着き、そのバランス関係を教えるように、手首の痛みを感じていた。

もう若くないさと、君に言い訳したね。
「いちご白書をもう一度」

2008-07-28

美味しい店 Delicious shop

この頃は、仕事の疲れを癒すために、仕事帰りは毎日、スーパー銭湯の南郷の湯通い。

昨日、風呂に入りに来ていた学生3人組が「札幌には美味しい店がない」「あってもすぐに潰れる」などと語り合っていた。

確かに移り気なグルメ嗜好はともかく、「安くてうまい店」もどんどん潰れて、なくなっちゃうし、この学生3人組が云うようにチェーン店に組み込まれ、その店ならではのといった地元食文化を楽しめる店はなくなっている。

街中の地下街にあった500円豚丼の店がなくなってから、晩飯に気軽に寄れて、満腹感を味わえる店がなかなか見つからず、チェーン店のお店で我慢するこの頃でもある。

昨日、駅前通りで地下街に新規開業する食べ物屋のチラシを配っていたけど、そのチラシを見たうちのアルバイト学生は、何店舗かあるその店がそれぞれ「売り」にしている食べ物が、「そば」だったり、「ラーメン」だったりして、統一性ないグループ店舗に、多分「うまくない」と判定したりもしていた。

大衆相手の食堂のターゲットは食べ盛りの学生なのに、食べ盛りの世代たちは望む定食屋がなくて、おそらく仕方なしに若者心を掴むのがうまいファーストフードに流れていくのだろう。

一歳二歳の年端もいかない幼児を抱えたお母さん方が手っ取り早くファーストフードで、味付けの濃いポテトを幼児に食べ与える今の日本は、ある意味、飽食という飢餓の時代なのかも知れない。

貧血気味で、どこでもしゃがみ込む若者文化の背景には、地元食文化の貧困があるような気がする。

2008-07-26

共に生きるという事 Thing of both living

木曜夜、職場の従業員の会議があり、「共に生きる」をコンセプトとする職場内での「共に生きる」難しさが議題を通して、感じられた。

参加出来なかった千葉県の「障がい者差別禁止」の法案作成に関わられていた野沢和弘さんの講演会のテープ起こしを仕事としてやっていたのでなおの事、考えさせられたのかも知れない。

野沢さんのお話の中で、当日、会場中がむせび泣いたという場面のテキスト化は涙こらえながらの作業で、そこで語られる「共に生きる」難しさと、職場の中で語られる日常業務をそつなくこなそうとするがゆえの「共に生きる」難しさは表裏一体のような気もした。

いじめ自殺した中学生には知的障がいを持つ両親がおり、その両親をかばおうとして、幼い兄弟たちの世話を見、身なりや風呂にはいる事もままならずに、同級生から「汚い」「臭い」と言われ続けた男の子。その子がお年玉で蓄えた20万円の小遣いで幼い兄弟たちと遊園地に行き、楽しい想い出をいっぱい作った末、使い果たした時に、ロープで首を吊ったという哀しい事例がひとつ。

同級生に妹が重度の障害がある事をひたすら隠そうとする男の子。その子の母がお兄ちゃんの野球の晴れ姿を妹に見せたくて、男の子に内緒で、隠れるように野球の試合を車椅子の妹と見に行き、野球で勝ったのを見届け、そっと帰ろうとした時、一緒に野球の試合に参加した子供たちが、駆け寄ってきて、車椅子の妹の頭に手をやり、「勝利の女神だね」と撫でてくれたという話。

同じ子供なのに、この二つの話に出てくる子供たちは何故、こんなに違うのだろう?子供たちに問題があるのではなく、その子供たちを取り巻く大人たちの問題なのではないだろうか。野沢さんはそんな事を淡々と話されていた。

社会という大きな器で語っていくと、良し悪しの判断は簡単に云えるけど、野沢さん自身、知的障がいを持つ上の子とその兄をかばおうとする下の子が、クラスメートから罵声を浴びせられている現場で、親はいじめられる子の親であるが故に、クラスメートを叱りつける事も、学校に言いつける事も出来なかったという。

障がいを持つ当事者の苦悩を理解するのは、易しいようで、難しい。

「共に生きる」難しさと「共に生きる」甘え、「共に生きる」厳しさ、それらを知ろうとする事が話し合いなのであるのだろう。

相手を知らない事もまた障がいなのだから。

2008-07-24

揺れる大地 The shaking earth

久々に揺れる大地を実感しました

朝、起きる時に、震度はなんぼだったのだろうとネットニュースを開いてみても、細かく各地の震度を伝える記事を探す事に時間を費やし、資料性としてのネットニュースはまだまだ不完全なのだろうとも思ったりします。

紙媒体、テレビ媒体よりスペース制限に囚われなくていいはずなのに、それをしないで一週間もすれば消えてしまうネットニュースの資料価値はほとんど使えない。

海外よりデータベースの活用が下手といわれる日本は異常気象続く昨今にニュースなどを羅列させるだけでも、地球の異変を伝えるものになるはずなのに、一過性の「読売」としてしか利用されていないのだろう。

時系列なニュース編成を望みたいところだし、関東圏重視の従来のニュースではなく、各地のローカルに根ざしたニュースのデータベース化も望みたい。

21世紀のオイルショックが深刻化する今、1970年代のオイルショックがどうだったのか、その当時の公害による環境破壊はどうだったのか、過去から学ぶべきものは無数にあるのだから。

2008-07-23

子曰く So that Confucius say

編者ボルヘス、カサーレスの書「天国・地獄百科」によると、儒教にはあの世の記述はないそうで、天国、地獄も存在しないそうだ。

あるのはこの世だけ。この世を如何に生きるかが儒教の教え。

予科練上がりの斎藤龍鳳がその著書「なにが粋かよ」にて、「戦争反対」の平和論を批判し、「アルジェの戦い」のように闘わなければ平和はあり得ないとする「武闘派宣言」を展開したように、この世の天国、地獄を紐解いたのが、儒教であるといえる。

かの有名な「水滸伝」で語られる"誰をどこまで信じるか"は大陸的であり、国家より、個人を重んじるからこそ、「国破れて山河あり」なのだろう。

「四面楚歌」に描かれる敵に取り囲まれた時、人はなぜ生き延びようとするのか?

漢民族に取り囲まれた高麗武族を描いた韓国映画『MUSA 武士』に「水滸伝」を感じもしたのだけれど、儒教の凄さはそこにあるのじゃないだろうか?

YouTube - Musa The Warrior song

2008-07-21

やがて自分の飲む毒とも知らずに Before long without knowing the poison that I drink

先日亡くなられた職場の同僚は、末期ガンを無理して、出勤されていたという話を聴かされ、その最後の出社の日は壮絶の極みだったらしい。

20代から30数年勤め上げ、今年の暮れは晴れて、雇用止めで退職されようとしていたその方の話を聴くと、「後半年」という気持ちだけで出勤されていたのだろうと思う。

亡くなられて、職場の同僚たちの思いは様々。

「みんなに迷惑かけて、あぁなるまで出てくる事はない」そんな話も耳にした。

その方も雇用止め間近の年配の方。

この前例で、雇用止め間近に対する健康診断が厳しくなる事を恐れてなのか、自分は健康体であり続けるという過信からなのかは知らないけれど、人間はいつかは老い、病み、人の手を借りる。その事を隠蔽しようとするのは、雇用側ではなく、老い、病み、人の手を借りる事に気兼ねを感じる働き手。

人間である事を叫ばずに、我が身の働ける場を確保しようとするその行為は、やがては自分の飲む毒をまく。

どんな思いで、亡くなられた方が、身体に無理を押して通われてきてたか、一番よく知る者たちが、亡くなられた方を切り捨てる。

一番貧しい労働者がスト破りをせざる終えなくなる環境は、豊かなはずの現代もなお、続いている。

人はいつになれば、人になれるのだろう。

2008-07-20

生まれた家 Parents' home

昨日の職場で開かれたバザーの時に見に来て下さった友だちと二人で、働き始めてからずっと気になっていたご近所の琴似屯田兵村兵屋跡を観に行ってみた。

小さな平屋の家の中に入ると開拓当時の二間の間取りが玄関口から見られ、手前の茶の間と思われる部屋には囲炉裏があった。

それは僕は産まれた北見・留辺蘂の本家の間取りと驚くほど似ており、北海道へ開拓を志した人たちの旅立ってきた故郷への郷愁と新たな生活地に根付く「家」の形だったのだろう。

産まれた本家は祖父が四国・徳島の人だっただけに、裏手に上がりかまちがつけられ、裏庭を見渡せられるようになっていた。

琴似屯田兵村兵屋跡も裏戸を出ると小さな畑に菜園があり、トウモロコシ他植えられていた。

何もない北の大地で厳しい自然と共に生きた人たち、その人たちの暮らした「家」で生まれた事を有り難く思えてきた。

奥の間の神棚の下、体内でへその緒が絡まり、母子共に危険な状態の中、なんとか生まれ出たけれど、仮死状態だったという自分。

今の豊かさはそこから始まる自分史があるから。そんな事を思い返す琴似屯田兵村兵屋跡であった。

またじっくり仕事帰りによってみたい。

2008-07-19

この世の花 Flower of this world

今日は何かと慌ただしい一日だった。

平日働く職場の地域交流として開かれたバザーが昼に行われ、いつもは仕事場となっている場所が片づけられ、出店に早変わりし、祭りの場になった。

本、CD、衣服、紙細工、ローソク、メモ帳など雑貨品から、自然食品やつぶ、韓国チヂミ料理、休憩所ではストリート・ミュージシャンとしても活躍する職場同僚のライブに、風船芸人のパフォーマンスと満載の企画。

三連休の初日のせいか、宣伝不足か、仲間内の知り合いのみで盛り上がったバザーではあるけれど、こんな小さな世界があってもいいと思えもした。

僕が声をかけてきてくれた友人たちも、ひとりはじっくりお話し出来たけど、もうひとりはあまり話出来なかったけど、次の時に、この小さな世界の魅力をお話し出来たらとも思ったりする。

束の間のにぎわいの後、週末の職場の親睦会の会議招集があって、バザーの片づけ、仕事場の再現作業の後、本日、有給で休んだ週末の職場に向かう。

会議の議題はうすうす予感はしていたけれど、同じ職場に勤め、先日入院療養のため、やめられた方の訃報の知らせ。

職場の親睦会なので、退職された方が亡くなられても、会としては何もしてやれないという原則があるのだけれど、何日も経たずの知らせだけにお悔やみをどうすべきかが議論の課題。

幸い、職場の方が依願退職であるものを死亡退職とすると伝えてきたので、親睦会としても会費からお悔やみ代を捻出が出来ると難なく決まったけれども。

目の前にある「この世の花」の有り難み、そんなものを感じる一日だった。

2008-07-16

自閉症児のお母さん Autism child's mother

「子供の頃、男の子のように出来ないかなと思って、ホースつけてしたけど、出来なかった。」とオシッコのチャレンジ体験をなんのためらいもなく話す自閉症児のお母さんは、作業所でひとり遊ぶわが子を見つめ、「ここを断られたら、行くところがない」とぽつりつぶやく。

朝晩、わが子の送り迎えをするそのお母さんは、朝、作業所が見えてくる道の角で、わが子が作業所に入るまでずっと見守り、夕方、手をつなぎたがるわが子の手を取り、家路を急ぐ。

作業所の親睦会で、他の障がいを持つ子を抱えるお母さんと、「一緒にいるのを嫌がる」話をして、「それでいいのよ」と子育て論に花を咲かす。

日ごとに大きくなるわが子との距離を意識する分、素敵なお母さんに見えてくる。

2008-07-14

祭りの中で In the festival

札幌の夏に行われる駅前通の歩行者天国の開始にあわせて、行われる四番街まつり。

御輿担ぎをするはっぴ姿の商店街の人たちの着替え場所にうちの職場の一ヶ所が提供されている事もあり、一階のコンコースはいつもこの時期、はっぴ姿の人たちでにぎわっている。

その中に知り合いの小父さん夫婦がいつも参加され、仕事中、顔を合わすといつも声をかけて下さる。

今年もまた、元気そうな顔で声をかけて下さった。

ちょっと小粋な僕にとっての「七夕様」

仕事後、その日の歩行者天国も終わり、四番街まつりも後かたづけをする中、小父さんたちも楽しみ、打ち上げの飲み会に流れているのだろうなぁと思いながら、ぶらり歩く。

祭りの後の寂しさの中、今年も無事逢えた七夕様に思いを果てる。

2008-07-12

天国・地獄百科 Libro de cielo y del infierno

ヤフオクで図書館の除籍本として出品されていた編者ボルヘスの書「天国・地獄百科」をゲットし、読み始める。

背表紙に「好戦的な天国もあり、爽やかな地獄もあるとすれば、天国とは地獄とは、そして我々の生きるこの現世とはいったい何なのか?」なる前書きが記されたこの奇書はボルヘスとアドルフォ・ビオイ・カサーレスの本の虫二者が曰く、古今東西のさして必要がない本を基に編み出された古来伝わる天国・地獄にまつわる概念。

編者ボルヘスのシニカルさを堪能出来る一品でもある。

例えば・・・

ある兵士いわく「天国に行っても、時には戦争に、合戦に参加したいもんだなぁ」

もしくは・・・

男から女へ「ある時君に出逢った。しかし、もし天国で出くわしていたとしたら、ぼくは振り向きもせずに、我が道を進んでいたであろう。」

または・・・

アダムによるイヴの墓碑銘「彼女のいるところが、すなわちエデンの園であった。」

見方を変えれば・・・

魔王の告白「私がいくら飛翔しても行き着くところは地獄。私が地獄なのだから。」

読み進むほどに天国、地獄のモチーフが浮かび上がってくる。

「生きてるものが死んでいて、死んだものこそ生きている」内田百けん先生も師と仰ぐボルヘスの「現世は仮の宿なるを」。

2008-07-11

静かな朝 Quiet morning

サミットが終わり、やっといつもの静かな朝に戻った。

サミットで何が一番いらだったのかというと朝昼晩問わずの警察のヘリコプターの音だったから。

サミット反対デモなんか見ていると「エコ反対」などと無学ひけらかすのがいたり、大音量で練り歩くのがいたりして、ただ単に警察を煽っているようで、結果、警察のお仕事を作り、警備の必要性をアピールしちゃったように思う。

エコロジーの葬送行進曲なんかやってくれた方が面白く、世論にアピールしただろうにと思うのだけどね。

街中に立つお巡りさんへの道案内を求めた爺さん婆さんたちが一番公共性活用をアピールした個別テロにも思えもしたけれど。

ぶらぶら手持ちぶさたにしている全国から集結したお巡りさんも「仕事したぁ」って感じで、爺さん婆さんに敬礼していたし。

70年安保の時、警察に追われている革マルの学生をかくまい逃がした小父さん小母さんたちに対し、自分たちの行動は支持されていると勘違いした革マル派のような抗議行動は結局、権力に絡みとられるのじゃないだろうか。

暮らしから見つめた政治の活用法、それは静かな朝を望む「私たちの望むもの」のように思う。

2008-07-09

好きで仕事をしてる奴なんかいない There is no man who likes and is working.

職場でいつも人一倍厳しく注意する人が、何げにぽつり。

「好きで仕事をしてる奴なんかいない」

出たぁ。本音トーク。(笑)

渡る世間の鬼千匹。その鬼たちも思うは一緒。

警察OBが、あいつら馬鹿だから、決められたとおりの事しかしないと、先日聴かされもしたけど、あなた警察OBでしょう。(笑)

現役警察官の友だちも、サミット終わったら、飲みに行こうと云っていたし。

「今日の仕事はつらかった。後は焼酎あおるだけ」 山谷ブルース

今夜は皆さん、酔い潰れているのだろう。

2008-07-08

ArtLIFE MUSEUM the NET

岡林信康さんの絵本の原画を展示していたので知ったArtLIFE MUSEUM the NET

ざっと見ていって、アーティスト館で面白かったのが、ザ・ニュースペーパーの世評風刺と高田純次の猥雑さ。

気に入ったのが、
あのねのねの「よぅきたなぁ。まぁ座れや」と書かれた木製のトイレの便座(Vol.003)
「よぅきたなぁ。まぁ座れや」と書かれた木製のトイレの便座
植木豪(Pani Crew)の温暖化で汗かくサンタクロース(Vol.006)
温暖化で汗かくサンタクロース

サミットすらも問題意識よりワイドショウ化させてしまうお馬鹿なマスメディアなんかにかまうより、はるかに有意義と思われる。

岡林信康さんの放り出された「美しい国」メッセージも忘れたくない。
ぼくの村は美しい国 竜太の日記

2008-07-07

交通費助成の勉強会 Study meeting of movement cost subsidy

7月3日(木曜)、交通費助成の勉強会として、DPI北海道ブロック会議議長 西村正樹さんを招いて、その問題点が話し合われた。

あげられた問題点は見直し案の支給額の元となったとするアンケートが他では使わないとして取られていたものなのに、使われたという事と、財政難なのに所得制限をもうけずに支給継続されるという事、利用実態が不明確なのに減額の見直しを行おうとする点であると話され、市政の財政難を考えると減額の見直しの撤回は無理があり、制限なしのウィズユーカード支給で利用実態を調べることが大切じゃないかと西村さんは提案されていた。

一般の人と同じ権利を得るための障害者差別禁止法との照らし合わせから考えれば、今回の見直しは差別には当たらないのではと語られていたけれども、不便なく満たされた交通費助成が行われていたものが、いきなり来年4月に減額され、週2,3回の助成しか受けられなくなり、福祉乗車証がなくなる事で残額確認が困難な方たちに新たな「障がい」を与える事が「一般の人と同じ権利」なのかどうか、疑問に残った。

どちらにせよ、見直しの改正案で、利用上の新たな「障がい」が生まれない事をまずは望みたい。助成する側の都合で出された見直し案なのだから、その影響度を十分考えてもらいたいと思う。

2008-07-06

トイレで他人にお尻をふいてもらうという事 other people wipe your hips in rest room

交通費助成の学習会で某障害者団体の方のお話を聞いたけれども、どうも行政マンの視点に立ちすぎていて、当事者置き去りと思われる話をされていた。

横塚晃一『母よ、殺すな』にこんな一文がある。

健全者がトイレで他人にお尻をふいてもらうという事を考えたとき、 さほどの抵抗を持たずそれを出来る人は、まずいないであろう。(p295)

障がいを持たない人(某障害者団体の方は障がい持つ方だけども)が贅沢云うなという事はけして贅沢な事ではない。それはあくまで想像力の欠如であり、他人事としか捉えないから贅沢なのだろう。

1980年代の山田太一の『男たちの旅路』「シルバーシート」で語られる「老いれば判る。」と同じ話と思う。

日本人は個の思想を殺す事で近代化し、総動員、総玉砕、集団就職で今日まで来た国だから、個人個人の差異の共鳴が理解出来なく、個人化進む現代、孤独死が広まりやすいのじゃないかな。

それはフランスの個人個人の差異の共鳴が薄れていき、孤独死が広まった事例とは違うような気もする。

この場合、どちらがいいかではなく、孤独死社会にならないための共生、共働の社会が求められると思うんだけどね。

年老いて、トイレで他人にお尻をふいてもらう時、適切な文句が言える事が大切と思うのだけども。

2008-07-05

古くなるほど酒は甘くなる Sake becomes sweet by becoming old.

このところ、身近な方達のお話で、「自分がイケテた時」の話題が盛り上がり、友だちのブログなんかでも、昔話が語られてたりする。

「自分がイケテたなぁと思う時はいつですか?」などと聴かれたりもするけど、そう思える時は特になく、戻りたい時もない。かといって、今が一番いいとも思わない。

友だちのブログでは「あの頃の日本人は今よりのんびりしていて優しかったような気がする」とするものの、「戻りたいわけではありませんけれどね。正直言って。」と結んでいるけど、それに近いのかなとも思ったりする。

お世話になった年配の方が、「また同じ苦労をすると思うと楽しかった思い出の時に戻りたいとは思わない。」と語られていたのを思い出しもする。

「イケテる」と思う事自体が、ナルシスティックになってしまい、想い出とか、依存とかに埋没し、自己逃避させてしまうのだろう。

甘い酒に酔いしれるように、時折、想い出にしたるのはいいけれど、中毒となって、酔い潰れるのを恐れているのかも知れない。

従兄弟二人、酒で亡くしている分、なお思うのかも知れないけれど。

2008-07-04

横断幕 Banner

横断幕の印刷を初体験。

5mの長尺ロールにパソコンでデザインした文字が印字されていくのを見るのは感無量。

パソコンソフトの使い方を教えて貰った松葉杖のお兄ちゃんが印刷物を見て、なんのフォントが使われているか言い当てるのも凄いなぁと思った。

2008-07-02

殺される側の理論 Theory on killed side

日本の障がい者運動の原点となったと云われる脳性麻痺団体、青い芝の会の故人、横塚晃一氏の名著「母よ、殺すな」が昨年、数十年ぶりに復刻されたので、読んでいる。

1970年、核家族化が顕著化した時代、障がい持つわが子を殺した母に減刑を望む世論に猛烈に反撥し、障がい者(児)の立場を「殺される側」として、相応の裁きを望んだ青い芝の会は、介助なくては生きられない自分たちの自己探求をストイックに問い詰め、会の行動網領として、「われらは、愛と正義を否定する。」と宣言するに至る。お恵み、馴れ合いとしての社会保障ではなく、自分たちが生きるために欠かせない物、当然の権利としての社会保障を求め、活動し続けた。

その著書は横塚晃一氏の書き残したものとあわせ、横塚氏が出演したドキュメント映画『さようならCP』の上映時に行われた意見交換会の模様が収録されており、障がい者福祉のあり方が熱く語られており、その提言が単に障がい者当人の問題ではなく、「働かざる者人に非ず」が大手をふるい、「働けなくても生きていける」社会保障が語られない健全者社会の問題でもある事が見えてくる。

健全者と障がい者は「同じ人間」とすると見えなくなるものにこだわり、健全者と障がい者が「同じ人間」でない事にこだわる姿勢から障がい者というスタンスを見いだそうとした運動は、横塚氏が晩年、口にしたという「心の共同体」になるのだろうが、そこを明確に示せぬまま、横塚氏は亡くなられた。その著作から読みこなしていけば、互いの違いを明らかにしなければ、「する」「してもらう」の関係は変わらなく、「殺す」「殺される」理論が存在し続けるとなるのだろう。

横塚氏のその理念は青い芝のメンバーに受け継がれ、「心の共同体」を作るための「健全者手足口論」なるものも出されたりもしたのだろうが、互いを知る「心の共同体」を理解されぬままに、云うがままに健全者は障がい者の手足口になるべきと誤解されもしたのだろう。障がい者の手足口になる事により健全者が出来なくなっても生きられる事を知る「生存権」の必要性であるはずなのに。

ドキュメント映画にもなった『えんとこ』遠藤滋さんなどが実践されている「生かしあう関係」はそんな青い芝の議論から生まれたものであるだろうと、この本を読み、思いもした。

昨今、ますます社会保障の不備が取り上げられるのに、行政の福祉切り詰めは加速してきている。運動論を語る人々は、当事者が声があげないと嘆かれるけれど、殺される側の理論を説いた当事者たちの社会保障に対する危惧は、少子高齢の福祉切り詰め行政として、現実の物となろうとしている。

今の社会問題は声を出さない当事者の問題ではなく、「働かざる者人に非ず」として少子高齢、環境破壊を推し進めた健全者社会の問題であり、福祉切り詰めの加速を許す政治の問題だろう。

ゆとりなき時代の行く末に殺される側の理論は存在する。