2008-11-30

人はどこへいった Where Have All People Gone?

昨夜からの冬の雨は明け方の今も続いている。

天気予報ではこの雨が雪に変わり、風を伴い吹雪になるという。

荒れ模様が早く収まるように、嵐にならないように願う気持ちはこんな天気にならなきゃ判らないのだろうか?

先日観たドキュメント映画『花はどこへいった』もそんなような映画。

ゲリラの隠れやすい森林を枯らすだけで、人体に影響はないとして、蒔かれたベトナム戦争時の枯れ葉剤は、その中に含まれていた猛毒のダイオキシンの影響で、戦後のベトナムで奇形児が生まれ続けている。

奇形として生まれ、家族の支えで必死に生きる子供たちの姿を追い続けたこの映画は終わりなき戦争を描いていた。

人体に影響はないとして、日本でも使われていたダイオキシンはもしかすると1970年代以降、聴かれるようになったアトピー性皮膚炎、無数にあるアレルギーの一因になっているのかも知れない。

ヨーロッパでは社会が起因する障害として、対策が語られるこれらアトピー、アレルギーも、勤労が可能かどうかを障害認定とする日本では障害要因とされる事はまずない。

国際基準では国民の10%が行動を妨げられている障害者とされているのに、日本の障害認定は国民の5%にすぎない。

荒れ模様が早く収まるように、嵐にならないように願う当事者の気持ちは遙かなるベトナムの地と同じく、環境破壊をさせた社会はスローワークにならずに、自分たちの努力でハードワークに生きる事を求める。

「花はどこへいった」は「人はどこへいった」なのだろうし、壊されるままに自然は変わるのだろう。

2008-11-28

85歳のスナックママ Madam in snack bar of 85 years old

御歳85歳になるスナックバーのママさんと市電の中で出逢った。

このママさん、敗戦直後の食糧難の時に、実家が育ち盛りの甥子、姪子を抱えていたので、実母が口減らしのために札幌に出て来た時、学校時代の同級生のよしみで転がり込んだ飲み屋の女将だった人。

聞こえよく云えばシビアな感覚の持ち主で、自分は豪華なベットで寝ているのに、転がり込んだ幼なじみの実母を土間に敷いたせんべい布団に寝かせ、身の回りのまかないをさせた人と聴く。

実母はそこの飲み屋の手伝いをするようになり、お客として来ていた公務員であったという実父と恋仲になり、僕を身ごもったという。

その恋も叶わぬ恋に終わり、実母は実家への仕送りに追われ、堕胎を繰り返していたために、「これ以上堕ろすと子供を産めなくなる」という医師の忠告に、産む決意を固め、身重な身体で実家に帰省した。

スナックのママさんはそんな僕の出生の秘密を知っている人で、実父の顔を知る唯一の人。

そんな人と自分が生まれて50年目にあたる日にばったり出逢った。

対面で向き合う座席に座り、ひと言二言、言葉を交わし、余計な事も話さずに、軽く会釈を交わし、別れたママさんは、おそらくお店の開店仕度なのだろう、電車を降りると薄野のはずれにあるスーパーに足早に入っていった。

そのママさんを知る従妹は「歩く化け物」と云うけれど、とても85歳には見えない背筋を伸ばした歩きぷりは、昭和という戦中、戦後を水商売で生き抜いた女性の逞しさを感じられた。

不思議な「縁(えにし)」、亡き実母があの人のようにしたたかに生きろと教えてくれたのだろうか?

この縁はありや、なしや。

2008-11-27

無駄足 Empty errand

今週は週明けの祝日から変則的な勤務が入り、どうも一週間、狂いっぱなし。

まだ11月というのに、一日中氷点下の真冬日があったりして、朝、起きるのも寝坊しがちで、慌ただしく出勤支度などするから、忘れ物も多くなりがちなのも調子が狂う原因であるし。

昨日は中央図書館より借りていた『日本の放浪芸』CD7枚組の貸出期間が、今週金曜日までなので、早めに返そうと、重くかさばるCD7枚組を出かけにエコバックの中に入れて、出かけたものの、何となく記憶の中には、図書館の休館日が今日だったような気がするのだけれども、出勤途中の地下鉄の中では、溜まった疲れのせいで、眠りこけて、そんな事も忘れてしまっていた。

普通の本ならば、最寄りの区民センターにある図書室などへ返せばいいのだけれど、AVメディアは借りた図書館に返さなきゃ駄目なので、仕事帰りに地下鉄駅からはかなり離れた図書館へバスに乗り換え、向かったところ、やはりうろ覚えの休館日だった。

返却ボックスみたいなものがあればいいのに、そんなのもないみたいで、また重い荷物と同行二人。

その後、せっかく街に出たのだからと、限定発売の欲しいDVDを捜しにCDショップを見て回るけれども、やはりこれも空手柄。歩き疲れ、最後の運試しのスーパー銭湯のくじ引きも思い通りの外れ引きで、徒労の週も半ばを終えた。(溜息)

2008-11-26

くじ運 Lot fate

いつも行っているスーパー銭湯で、開店3周年記念とかで、銭湯全館で感謝セールをやっている。

ゲームコーナーや併設の床屋さん、マッサージコーナーでもクーポン券などがもらえるサービスをやっており、入浴の際に押してもらえ、10ポイントたまると入浴無料のスタンプもこの期間は2倍押してくれるというお祭り気分の感謝セール。

その中で、入浴の際に、くじ引きで、特製タオルがもらえる抽選をしているのだけれども、感謝セールが始まってから、1週間経つのに、一度も当たりを引けない。他の人たちが当たりを引き、店の人から「おめでとうございます」という声は何度となく、聴いているのに。

知り合いは「当たりを引かない分だけ、運をためている」と慰めてくれるけれども、なんとなく自分のくじ運のなさが寂しく感じられる。

別に特製タオルが欲しいわけではないのだけれども。

そういや、ギャンブル系もこの頃駄目だし、「買わずに越せるか年の暮れ、買ったら越せるか年の暮れ」の年末ジャンボはどうしようかなと、運の無駄遣いを考えるこの頃。

2008-11-23

いつか冷たい雨が at one time cold rain

フォークシンガー・遠藤賢司の歌にベートーヴェンの「歓喜の歌」の替え歌がある。

全ての生物は僕らを噛み砕かんと
復讐の眼を光らせ心中をせまる
天地は僕らを同化せんものと
大気は僕らをおしつつまんとす

優しきものほど怒りは大きいもの
その怒りがひとつの優しさも
消し去った時にはもう終わり
さあ今こそ歌おう歓喜の歌を

遠藤賢司「歓喜の歌」
[アルバム『歓喜の歌』(1973年作品収録)

近年の環境問題の話題で人間主犯説を嫌がる人たちは自然現象のひとつで、そのうち収まるというような楽観論のようであるけれど、そうしているうちに身近な生き物たちは死滅していっている現実を見ようとしない。

昔からこのような方達は多かれ少なかれ、存在したし、それに対するメッセージ・ソングも多くあった。

やはり、フォーク・シンガーのイルカさんが歌った「いつか冷たい雨が」。この歌が僕にとっての自然を顧みる歌だったような気がする。

人間だけが偉いと思うおごりが生きる土地を失わせるのかも知れない。

2008-11-21

これは格差か? Is this a difference?

とある人の講演を聴いていて、「おや?」と思うところ、一点ありました。

その人曰く、家計に格差が出て来ている今、子供をお持ちの若い方の中にも、裕福な家庭は塾や習い事など子供の教育費にかける金額は大きいけれども、貧しい家庭はそのようなお金はかけられない。

よく云われる家計の格差が子供の教育に影響あるという話なのだけど、「塾や習い事」が教育の格差じゃないでしょうがと思うのですよ。

自慢にならないけど、僕は塾や習い事のたぐいは一切なしに育ってきた。昔よく云われた教育格差は進学したくても進学するお金がないというもので、「塾や習い事」などはお坊ちゃま、お嬢ちゃまの世界の話だったのだけれど。

貧しい時代を忘れた、もしくは貧しい時代に裕福だったお坊ちゃま、お嬢ちゃまのお話はやはり世間ずれを感じてしまう。

これもまた世紀末の現れの一端なのだろうか?

2008-11-20

雪の朝 Morning of snow

昨晩、雪が降り始め|今朝、雪景色の町

天気予報の通り、街は白の世界。

仕舞い込んでいた冬の衣服を引っ張り出して、防寒の身支度をする。

昔と変わらぬ、冬支度。

2008-11-18

セーフティネット Safety net

とある対談で、セーフティネットの構造の具体的な内容を知った。

セーフティネットの構造は社会のリスク予防

セーフティネットとは貧困による疫病の流行や治安の悪化などの社会のリスクを最小限に食い止め、生きる上で必要不可欠であるお金が特定の場所に滞ることなく、社会全体に行き渡り、「お金がお金を生む」システムを維持させるシステムであり、セーフティネットが破壊されると南米や東南アジアに顕著な格差によるスラム街や欧米の社会問題となっている越境難民のような問題が起きるとされている。

セーフティネットの構造は最も判りやすいパターンとしては、まずは「就労」による生活資金の獲得であり、「就労」が困難である場合、年金や失業保険などの「社会保険」による生活資金の獲得が用意されており、それも当てはまらなければ、生活保護による「公的扶助」による生活資金の獲得が用意され、憲法で保障されている「健康で文化的な最低限度の生活」を営めるとされている。

民間企業から始まった戦後のセーフティネット

しかし、日本の戦後社会は敗戦時の経済復興の時も「政治」はほとんど機能せずに、民間企業の週休もろくにない過酷な労働の中、生きる上で不可欠の「衣食住」のうち、社員寮などの「住」環境は提供されはしていたものの、低賃金で、ボロボロの「衣服」と栄養価値の乏しい「食生活」の中、働く事を強いられ、将来の生活資金となる年金や医療制度も勤める会社が用意した「積立金」や企業の掛かり付けの病院を利用するなど、企業依存の度合いが非情に強かったと戦後を生き抜いた両親や親戚から聴かされもした。

今の社会制度が確立した1970年代あたりから公的な社会保障の掛け金により、行政所管が潤い初め、日本は世界中でも類を見ない「国民総中流社会」を実現させ、山谷、釜が崎など日雇い労働の溜まり場や出稼ぎ労働、季節労働はあっても、貧しい者だけが住み着くスラム街は生まれずに、近隣の人たちが顔を合わせ、貧困が起きにくい社会を形成していった国である。

格差社会の始まりとワーキング・プア

けれども、バブル崩壊のあたりから、後に経団連と一体となる日経連が「新時代の『日本的経営』」を提案する。ホワイトカラーの長期蓄積能力活用型、技術者の高度専門能力活用型、そして、雇用柔軟型という今で云うワーキング・プア層を生み出すきっかけを作り、今日では37%非正規雇用率にまでなっていると云われている。

生きる上での最低保障である生活保護も、その制度を必要としている人たちの15%から20%くらいしか、受給されていないという実態報告もあるそうで、残り8割くらいの人々は「健康で文化的な最低限度の生活」をも営む権利を得ていないと云う。

実際、1980年代に札幌市白石区で、生活の困窮した母子家庭の女性が生活保護申請を提出した際、「働く気持ちがあれば、働ける」と水商売を暗に勧められ、生活保護を受けられずに餓死する事件がありもしたし、2000年代に入ってからも、障害者が働く施設で、仕事を身につけるための訓練と称して、ワーキング・プアを強いられた例もあった。

セーフティネットの下支えである生活保護と就労という社会システムの根幹部分が破壊されつつある今、その間にある年金や医療などの不祥事は、この国が「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を有した国家であるかどうかを問う大切な問題だと思うのだが。

2008-11-17

カナダからのDVD DVD from Canada

amazonの紹介プログラムで、日本のみではなく、海外のamazonからもギフト券が届き、先月初めにカナダのサイトで、三島由紀夫を描き、日本では遺族のクレームから公開禁止になった「Mishima」をこのギフト券で購入してみた。

ひと月過ぎても届かず、ちょっぴり海外通販の不安を感じつつ、以前、ブラジルからCD購入した際も時間がかかったと自分に言い聞かせ、気長に待っていたところ、ようやく、現物がカナダから届き、分厚いブックレート付きDVDを手に嬉しさひとしお。(笑)

映画自体はどうという事ないものらしいけれど、この頃、岡林信康が三島由紀夫が自決した時に、ライブでネタにしているのを聴いたり、三島由紀夫を歌った「まるで男のように」を聞き返していると、映画「Mishima」を観たくなるし、三島を演じた主演の緒形拳が亡くなった事もあり、観たい要因が重なった事もひとつにはあるのだけれど。

おそらく日本での発売は絶望的だろうし、海外でも廃盤になっているケースも見られるから貴重でもあるだろうし。

岡林信康の「まるで男のように」を聴きながら、映画「Mishima」を観、日本というコンプレックスに自決死した男に想いを馳せる。

「血の海に横たわりたいんでしょう
血の海じゃないと気が済まないのね
男らしい場所で男らしい理由で
ヨボヨボになってしまわないうちに
あんたもほんとうにたいへんね
何だか莫迦らしい気もするけれど」

ヨボヨボになってしまった右翼爺様たちに哀れみ抱き。

2008-11-15

一日 One Day

昨日は一週間で唯一の休日でした。

朝はそろそろ整理しなきゃならない確定申告用の帳簿づけで会計ソフトの昨年度分を〆て、今年度分の入力を可能とするところまでやり、昼からは短期上映で見逃したくない『敵こそ、我が友』を観に行く。

永遠に終わらない「戦争の続け方」を描いていて、そのからくりを日本ではあまり論じられない人権の視点から描いていて、面白かった。きちんとまとめた文章にしたいけど、まとまるかな?

映画を見終えた後、中央図書館へ。友だちが小沢昭一の「日本の放浪芸」のDVDを図書館から借りてきているのを知り、「日本の放浪芸」のCDも置いていないかと、恥ずかしながらの始めての図書館利用。思った通り、あるにはあったけれども、一番初めに出された7枚組のみあるだけで、後続のシリーズ全巻は揃っていないみたい。そちらはネットで在庫チェックしてみる事にして、まずは初めの7枚組を借りる。

4時というのに暗くなり始めた中、先日買ったばかりの腕時計のバンドが外れたので、家の近くにあるヤマダ電機にクレームを云いに行き、初期不良として取り替えて貰うけど、帰りに寄ったうどん屋で晩飯を食べている時、ちょっとした力でまたバンドが外れ、やはり安物買いだったかと悔やむ。

久々、市内を動き回り、充実の一日、最後はスーパー銭湯で疲れを癒すけれども、しぶとい首筋両脇の筋違えのような痛みは今日も取れないまま。

一晩明けて、週末の仕事に出かける前に、貴重な一日を振り返ってみる。

2008-11-12

古い友人 Old friend

このところ、街を歩いていると、よく懐かしい友だちと出くわす。

軽く言葉を交わすだけだったり、目と目が合い、会釈するだけだったり、そんなたわいない再会だけでも、何となく嬉しくなってくる。

昨日も仕事帰りに、立て続けにふたり、懐かしい顔と逢えた。

身の回りに様々な事が起こり、少し神経症になりかけている時だからかも知れないけれど、懐かしい顔と逢える事が一番の良薬のように思えてくる。

「書を捨てよ、町に出よう」

人との出逢いを最大の知識とした寺山修司のこの言葉を思い出す。

出逢える事が生きている証なのだろうから。

2008-11-08

のぞいてみると When peeping

使っているWindows Mobile入りのPHSで、どうやっても文字サイズが小さいままで、読みづらい部分があり、今時の携帯も画面の文字はみんな「おしゃれ」を気取った小さい文字なのかな?と、地下鉄などで、何気なく隣に座った人の携帯画面をのぞき見したりするこの頃。

札幌市の地下鉄は電磁波の問題が安全範囲内ではないという判断から、携帯は使用禁止なのだけれども、手持ちぶさたの乗客は身近な隣人への迷惑より、我が身の暇に堪えられず、ついつい携帯をのぞき見るので、その時、隣に座ったこちらもついついその携帯画面に目がいってしまう。

わが子の写真や我が家のペットなどを貼り付けた携帯画面の文字は意外と大きめが多く、「おしゃれ」を気取る現代人もいざ我が身で使うとなれば、文字サイズを大きくするのかなとおかしくなってくる。何も我慢せずに、文字サイズは大きい方がいいという風潮を作っていけばいいのに。

そんな変な見栄を張る人々は何故か携帯を見終えると胸ポケットに入れる人も多く、「あぁ、ペースメーカーによくない物を、自分の心臓のそばにしまい込むとは、狭心症を引き起こしかねない自殺行為じゃん」と人ごとながら、思ってしまう。

電磁波抑制の安全性より多機能を求める携帯も、地下鉄などの移動車両に乗り込む時は使えなくする機能なんて簡単に出来ると思うのだけど、携帯文化はまか不思議。便利さ追求の甘い罠に何も言わないで、我が身を酷使するユーザーは愛おしくも哀しく見えてくる。

2008-11-05

ストレート Straight

アンダーグラウンドな文化活動の事を「アングラ」と呼び、持て囃された時代があった。

メジャーも「アングラ」の中から新鮮なものを探し求め、売れっ子を生み出しもしていった時代、札幌には使われていない煉瓦造りの倉庫を利用した「駅裏八号倉庫」が生まれ、小樽には小林多喜二の小説のモデルにもなった「海猫屋」が暗黒舞踏の拠点として使われるなど、関心ある人が集まり、舞台と客席の距離をなくして、創作する文化であった。

それはどさまわりから生まれた芸能が、ストリートパフォーマンスとなり、芝居小屋となり、恵み銭が木戸銭に変わり、商業ベースが確立されていくとともに、遮断された舞台と客席の距離を取り戻す活動であった。

アングラ文化が活発な頃に、大学生だった僕は「駅裏八号倉庫」でフィルムを借りてきて、上映会をしたり、「海猫屋」に友だちとライブを観に行ったりしたものだ。

「海猫屋」をライブ拠点として活動していた佐々木好の歌を聴きに行ったのもその頃で、内省的な歌は運河の街、小樽によく似合っていたし、一曲歌う事になるまばらな拍手も彼女の歌に似合っていた。

「出逢った人の数、別れた人の数引いて、
後向けた人の方が沢山いるなどと」

忘れてしまいたいような事をわざわざ歌う佐々木好の歌声は忘れてはいけない事のように、耳に残り、一緒に行った友だちとその魅力について、帰りの電車の中、よく語り合いもした。

人の弱さとずるさを歌うその歌は強くならなければ生きられないかのような社会で、弱い人間はずるくなって、生き延びる事を暗に示していた。

この頃、プレミアついた佐々木好の廃盤CDがオークションなどで競り合われているのを見つける。おそらくはそんなアンダーグラウンドな世界の冷ややかだったけれども、ぬくもりある人間の息づかいを、人権すら理解出来ない今の社会の中、懐かしむようにその頃を知る人達が競り合っているのだろう。

「優しそうに見えるけど、言葉だけですあの人も。
気が弱そうに見えるけど、見えるだけですあの人も。」

「人のずるさも天気も同じような物だから」

2008-11-04

雪 Snow

ゴミ出しに外に出ると、初雪が舞い踊っていた。

冬を呼び、冬を教える雪虫が飛び交う季節もいつの間にか、本物の雪の季節になっていく。

初雪、根雪、吹雪とだんだん深い眠りにつく自然の中、眠れない生き物である人は芽吹く春を待ち望み、一年の区切りを持つ。

今年はどんな冬を過ごすのか、舞い散る雪を見、てるてる坊主に祈りゃんせ。

2008-11-02

星空 Starry sky

仕事帰り、いつもの如く、疲れを癒すためにスーパー銭湯の露天風呂に入り、夜空を仰いでいると、女の子を連れた若いお父さんが露天風呂に入ってきて、まねるように夜空を仰ぎ、「全然星が見えないね」と女の子に云った。

「一杯見えるよ。ほら、あそこにもあるし、こっちにもある。」女の子は得意げにお父さんに指さし、教える。

お父さんは「本当だ。ちっちゃなのがある。」と目を凝らし、夜空を仰ぎ見る。

目先に追われる大人たちはただ当たり前であるかのようにある夜空をじっくり眺め見、そこにあるかすかに光る星の存在すら見えなくなっているのかなと、そばでその親子の会話を聴く僕もまた、夜空を仰ぎ見る。

子供には見えて、大人には見えないものがもしかするといっぱいあるのかも知れない。そして、それはもの凄く大切なものなのかも知れない。

満天の星空を見たくて、僕とそのお父さんは空を仰ぎ見るおかしな光景がそこにあった。