重松清さんの連作短編集「青い鳥」の中の「ハンカチ」を職場の待機時間に読む。
思わず声をあげ、泣きそうになったので、慌てて本から目を離し、涙をこらえる。
他の子をからかい、あだ名を付けるのが得意な明るい子が「いじめ」たとして、反省文を書かされ、みんなの前で読み上げる事を強要された時、人前で話せなくなった。そんな女の子とどもる教師、村内先生の交流記。
いじめって何だろう。生きるって何だろう。
その学校で頸動脈を切り、死んだ子を二人は想い、「君にあえたから、間に合ったからよかった」と語り合う。
手本のようにじゃなくて、私らしく、あなたらしくあろうとする生徒と教師。
幼い頃、小学校の先生は授業参観の国語の時間、言葉をうまく喋れない僕にみんなの前で朗読をさせた記憶が蘇る。おそらく今なら、父兄のつるし上げを喰らう行為なのだろう。けれども、僕はクラスの誰からもいじめられなかった。今だといじめられるのだろう。
私らしく、あなたらしくより、手本のようになることを強要される子供たち。
声が出せなくて、ハンカチを握りしめる女の子の励みは僕が小学校の先生に思ったのと同じく、自分を意識してくれる先生だった。だから、頸動脈を切らずに、今があるのかもと僕も思ったのかも知れない。
0 件のコメント:
コメントを投稿