重松清「きよしこ」を読み始めた。重松さんの子供の頃のお話をモチーフにしたのだろう。
言葉がうまく喋れなく、親の都合で転校を繰り返し、行く先々のクラスメートと仲良くなりたくても、言葉がうまく喋れないから、仲間はずれにされるされる少年。
同じように言葉がうまく喋れない事はいけない事なんだ、気をつけて、焦らずに喋れば、喋られる、人間に克服できないことはないと思いこまされた自分の少年時代が「きよしこ」とだぶってくる。
きよしが大人の嘘を見抜く過程と僕が大人の嘘を見抜く過程はまったく違うプロセスを辿ったけれども、人間に克服できないことはないという大人の欺瞞に満ちた嘘など信じないようになった結果は同じなんだろう。
うまく喋れない事を注意する大人たちは喋れたって、人の話を自分の都合のいいように解釈するのを重松さんも僕も嫌と云うほど見てきている。喋れない、聴きづらい事が嫌なのであって、喋れたとしたって、聞きやすかったとしたって、人の話はただ自分の論理の中に利用し、埋没させてしまうだけ。
重松さんは転校という形で、「仲良くしなさい」という言葉のもろさを知ったのだろうし、僕の方は母親の病死で、人間に克服できないことはないという嘘を知った。
僕らが言葉に悩まされた時はほとんど同じ時期だったらしく、1970年前後、何故かこの国では「吃音」「どもり」を克服しようとする広告があふれ、それにまつわる映画も作られもした。
森崎東監督の「女生きてます 盛り場渡り鳥」もその一本で、僕も後年、東京に行った時に、横浜の場末の映画館でやっているのを知り、観に行った記憶がある。
映画の中で、山崎努演じる吃音者の労務者が云いたい事を思うように言えず、家中の物を壊しまくる場面に、喋れる者として、共感の涙を流したけれども、重松清「きよしこ」の中でも「乗り換え案内」に出てくる少年は吃音治療のセミナーの先生の無理解な言葉に、机を揺らし、音を立てる。喋れない者は物に自分の気持ちを託し、きしむ音、壊れる音を悲鳴にさせる。
喋れる者は言葉の重みをおそらくは知らないだろう。喋れない者は言葉にこだわされる分だけ言葉の重みを知っている。
連作短編集「青い鳥」の村内先生もそんな子供時代を過ごし、今もなお言葉がうまく喋れないから「大切な事しか云わない」のだろう。
言葉にこだわった子供時代を過ごした僕も、吃音者の犯罪を描いた三島由紀夫原作の「金閣寺」の映画化作品「炎上」で自主上映の世界と巡り会い、水上勉原作の「五番町夕霧楼」の映画化作品の上映を企画もし、吃音へのこだわりは抜けずに今なお続く。
喋れる事のありがたさは喋れない、喋れなくなった者でなければ判らないのなら、喋る事は無駄な労力なのかも知れないのに。
黒人奴隷が無言の会話、タップダンスを生み出したように言葉奪われた者たちの歴史に僕が興味抱くのもおそらくは吃音者なのだからだろう。
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