中国・宋の時代、唱われた「萬葉千聲」は、いなくなった人への未練を唱う詞で、恨みと愛おしさが入り乱れる。
それだけ人はひとりでは生きていけないものなのだろう。
政治の世界でも、劇場政治を演出した小泉氏が引退するらしい。
それに対する世論を煽るマスメディアがにぎやかな昨今、恋歌にはない嫌らしさが「万葉の声」であるかのように聞こえて来る。
うちのブログでも「政治は政治家がするもの」とかいう書き込みがあり、ちょっとビックリした事もあったけど、そうだから、年金不正があり、耐震偽装があり、食の自給が低下しているんじゃないだろうか。
もっと純粋に恋いこがれる恋歌を「万葉の声」にしなければ、政治は身勝手なものになってしまう。
人はひとりでは生きていけないものなのだから。
別後不知君遠近。觸目淒涼多少悶。
漸行漸遠漸無書,水闊魚沈何處問。
夜深風竹敲秋韻。萬葉千聲皆是恨。
故欹單枕夢中尋,夢又不成燈又燼。
別れた後、あなたはどこにいるのだろうか。
目に見える物は寂しさばかりで、憂い悶えてしまう。
君はだんだん遠ざかり、いつしか連絡も途絶えてしまう。
まるで広い海の中の一匹の魚を探すかのようだ。
夜も更け、風が竹の葉を吹き鳴らし、秋の音が漂い、
何万もの葉音は別れを惜しむ呻きのようだ。
枕に添い寝し、夢の中君を尋ねたいのに、
夢見ることもかなわぬうちに灯りも尽きてしまった。
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