2009-08-12

墓参り Visiting a grave

平日の仕事も一足早く有休を取ってのお盆休みに入り、実母が8月12日、養父が12月12日と月命日が重なり、今日はお盆もあわせたお墓参り。

墓参りといっても、お寺の納骨堂に遺骨を預けているので、「納骨参り」なのかも知れないけれど。

実母が亡くなった時、その遺骨を納骨堂に預ける際、お金がないから一番安い納骨管理費の場所に預かって貰ったけれども、せめてもの気遣いと、窓のある納骨棚の列に納めて貰った。

その後、養父が亡くなった後と思うけど、その納骨されている階が改装工事に入り、ワンランク上と思われる納骨場所が作られ、窓のある納骨棚の列に納められていたはずのうちの遺骨の場所は窓もなく、新たに作られた壁と向かい合わせの何とも寂しい日陰の場所になってしまい、憤慨しながらもお寺さんに文句も云わず、何年間かのお盆を過ごした。

今年もお寺に行ってみると、一列ずれた窓のある列に空きになった箇所を見つけ、納骨場所の移動が可能なものか、墓参りの帰り、お寺さんに問い合わせてみた。お寺の若い事務職の女性に、入った時と今の納骨場所の様子の変わり様を話し、窓のある列に移動出来ないか聞くと、同じ階の移動は手間料として1万円かかるとの返答。

これはおそらく仏様の試練なのか、頼みもしないのに遺骨を日陰にされ、空きとなった日当たりのいい場所に移るのにはお金を必要とされる。

「地獄の沙汰も」というけれど、地獄はやはりこの世の者。

「今後日陰に置かぬ事」と一筆書かせ、移動して貰おうかとも思ったけれど、釈迦に説法。無駄だろう。

開業祖、道元様も云われている「醜き事を知ってこその悟り」。

亡き父母に詫びつつも、今年も寺を後にした。

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