8月も終わろうとしているのに、蒸し暑く、今日は戦後観測開始以来初の最も遅い真夏日になった札幌。
築数十年の借家は、週末、大家さんの配慮で屋根のペンキの塗り替えがされたけれども、この蒸し暑さからか、流し廻りに小さな蟻が出て来ていて、流し口の下水口も水漏れがするなど、あちこちでトラブル続き。
年老いた母は自律神経を患っている割にはタフで、仕事で家を空けている僕など当てにせずにそのトラブルと闘っている。
そんな中、今日はひょっこり大工をやっている従弟が顔を出し、家廻りの大工仕事をやっていってくれた。
ちょうど僕も休みで家にいたので、久々話をすると、厳しいこのご時世の話が飛び出してくる。
「身体ひとつの人夫と工具一式持った大工の賃金格差がなくなっちゃって、工具一式持ち出し分だけ、大工の方が厳しくなっている。」
そんな話を聴く時、依頼側の方の経費感覚がすっかりなくなっているのだなぁと痛感する。
パソコン作業でもパソコンは持っていて当たり前で、依頼した作業で使う経費という感覚がクライアントにないのと一緒なのだろう。
更にネット時代、安い労賃で請け負う会社を探し出し、帯広の業者が札幌まで出張旅費なしで仕事を請け負うというサバイバルな話を聴くに至ると、今のご時世のワーキングプア度が見えてくる。
けれども、当のワーキングプア世帯が自身がワーキングプアだと自覚していないケースもままあり、障がい者のA型就労事業に勤めている方で、最低賃金の生活ながら、ワーキングプアと思っていない話を聴かされ、切迫感の稀薄さに空恐ろしさを感じもしたことがある。
人は何を持ってハングリーと感じるんだろうね。
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