世界恐慌から始まった不景気から抜けきれずにいた昭和初期、映画はトーキーの時代に移る過渡期に、田中絹代と試験結婚していたという清水宏監督の手になるオールロケーションのロードムービー『有りがたうさん』が作られた。
男は職無しのルンペン、女は家のために身売りしなければならない時代、伊豆の修善寺あたりを走る田舎のバスの運転手は街道を通りすぎる人たちに「ありがとう」と声をかけるので「有りがたうさん」と親しまれている。
恋人と無理やり引き離され、街道をうろつく男もいれば、過酷な土木作業に借り出された死んだ朝鮮人の娘は父親の墓の世話を頼んでいなくなる。そんな人たちを毎日お客として乗せ、ただ見ているしか術のない運転手は「いっそ霊柩車の運転手にでもなりたいくらいだ」とぼやきが出る。
川端康成の「掌の小説」に収録されているたった4ページの短篇「有難う」を素材としたこの映画はのどかな田舎の美しい風景の中、過酷な時代の流れを映し出す。
ウィットに富んだ語り口で繰り広げられる清水宏の演出は重いテーマを軽やかに描きあげ、公開当時の野心作と云われた作品は今や小林信彦著「2001年映画の旅」にて「20世紀の邦画100」として紹介され、東京などでは回顧上映が繰り返されているという。
その恩恵も受けられず、DVD復刻もされていない現状、札幌市内の老舗レンタルビデオ屋を探し回り、やっとこの清水宏監督作品に巡り会えた。
戦火で残ったフィルムの保存状態も悪いと云われる日本映画は、デジタル復刻でも欧米に比べ、手間暇掛ける「丁寧さが欠ける」と極評されており、この映画もそのうち「幻の名作」になるのではとも云われている。
観られた事にまずは「有りがたうさん」と伝えたい。
- OhmyNews : 幻の名作映画を探し歩く
- 目に見えるものだけが、見えるものではない The visible one alone is not the seen one.
- 映画データベース 清水宏
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