2008-09-26

萬葉千聲 Voice of leaf of myriad

中国・宋の時代、唱われた「萬葉千聲」は、いなくなった人への未練を唱う詞で、恨みと愛おしさが入り乱れる。

それだけ人はひとりでは生きていけないものなのだろう。

政治の世界でも、劇場政治を演出した小泉氏が引退するらしい。

それに対する世論を煽るマスメディアがにぎやかな昨今、恋歌にはない嫌らしさが「万葉の声」であるかのように聞こえて来る。

うちのブログでも「政治は政治家がするもの」とかいう書き込みがあり、ちょっとビックリした事もあったけど、そうだから、年金不正があり、耐震偽装があり、食の自給が低下しているんじゃないだろうか。

もっと純粋に恋いこがれる恋歌を「万葉の声」にしなければ、政治は身勝手なものになってしまう。

人はひとりでは生きていけないものなのだから。

別後不知君遠近。觸目淒涼多少悶。

漸行漸遠漸無書,水闊魚沈何處問。

夜深風竹敲秋韻。萬葉千聲皆是恨。

故欹單枕夢中尋,夢又不成燈又燼。

別れた後、あなたはどこにいるのだろうか。
目に見える物は寂しさばかりで、憂い悶えてしまう。

君はだんだん遠ざかり、いつしか連絡も途絶えてしまう。
まるで広い海の中の一匹の魚を探すかのようだ。

夜も更け、風が竹の葉を吹き鳴らし、秋の音が漂い、
何万もの葉音は別れを惜しむ呻きのようだ。

枕に添い寝し、夢の中君を尋ねたいのに、
夢見ることもかなわぬうちに灯りも尽きてしまった。

2008-09-24

臙脂涙 woman's tears

『淡淡幽情』で三曲唱われている南唐の王、李りくの幽閉後の詩の一編で、季節の流れと女性の涙を重ね合わせ、「人生とは心残りが付き物」と唱った詞。

「悔いのない人生」が美徳とされるがむしゃらさも人生につまずく事で、見失っていたものが見えてくる事もある。

ゆとりとはそんなものなのかも知れない。

林花謝了春紅,太匆匆。
無奈朝來寒雨晩來風。

臙脂涙,留人醉,幾時重。
自是人生長恨 水長東。

春を彩った花たちも散ってしまい、
季節の移り変わりは慌ただしく過ぎていく。
どうする事も出来ない、毎朝の冷たい雨と夜ごと吹く風。

化粧をも落とす女の涙は、人を留めて酔わせてしまう、
このような情景にいつまた逢えるだろう。
人生とはこのようなものかも知れない、
心残りとて、河の水とともに東へと流れるのだから。

2008-09-23

有誰知我此時情 Who understands my feelings?

妻ある人を想い慕ったラブ・ソングは、後にその妻に知られ、その想いを許され、妾として迎え入れられたという。

歌人の思いが叶ったのか、妻が夫の浮気封じに講じた策なのかとゲスの勘ぐりをいれてしまうし、愛人と妻の想いに翻弄される男が滑稽に思えてくるけど、「尋好夢、夢難成」(あなたの夢を見たいけれども、その夢すらなかなか見られずにかなわない)とまで唱われる男はやはり男冥利に尽きるとも思う。

そこまで思われる男とは、私欲でしか動かない男なんかじゃないのかも知れない。

この詞を読み、愛人を迎え入れた妻はそこまで想われる夫を誇りにしたから、愛人を迎え入れたのだろうし。

安っぽいインスタント・ラブの時代には判りにくい事なのだろう。

玉慘花愁出鳳城、蓮花樓下柳青青。
樽前一唱陽關曲、別箇人人第五程。

尋好夢、夢難成、有誰知我此時情。
枕前淚共階前雨、隔個窗兒滴到明。

王の飾りの艶も失せ、花も愁う時、あなたは城を離れる。
蓮の花や楼の下の柳も青々としている
酒の樽を前に別れの「陽関曲」を私が唱ったあの人は遥か彼方

あなたの夢を見たいけれども、その夢すらなかなか見られずにかなわない
誰が分かってくれるだろうか、私のこの心を
枕に流す我が涙、降りしきる春の雨
窓を隔てて共に夜を明かすまで流れ続ける

2008-09-22

清夜悠悠 lonely night

些細な事に多感に反応していた青春期の一夜を詠んだ秦少游は53歳の時に蘇州の華光寺に旅をした時に、水か飲みたくなり、運ばれた水を見て、微笑みを浮かべ、亡くなったという。

人の多感さとは老若ではなく、それぞれが持ち合わせたもののように思う。

それを相対的に見ようすることが多感さを失わさせるようにも思う。

久々の飲み会の後、酔いを覚ますべく、銭湯に行き、自分の体調に気を遣いながらも、風呂に入り、くつろぐ人々の顔を見る事に安堵を覚える。

玉樓深鎖多情種
清夜悠悠誰共
羞見枕衾鴛鳳
悶即和衣擁

無端畫角嚴城動
驚破一番新夢
窗外月華霜重
聽徹梅花弄

王楼に多感な少女がいた。
誰が彼女と寂しい夜を過ごすのだろう?
彼女は枕と掛け布団に刺繍された鴛鴦や鳳凰が皆つがいで描かれている事に、気恥ずかしくなり、
悶々として、衣服を着たまま、眠ってしまう。

突然、何の前触れもなしに軍営のラッパが鳴り響き、
彼女の夢は破られてしまった。
窓の外に目をやると、明るい月明かりと屋根の上の下が見えるだけ
彼女は「梅花弄」の曲を奏で、自分に聴かせたりする。

2008-09-21

芳草無情 Mutable grass and flower

平和な時代、攻め入られる事のない国境を警備する者は、美しい自然に中で、故郷を思い、孤独を噛みしめたという。

出世争いで不遇な立場に置かれた者は、出世した者をうらやむでもなく、争う虚しさを一番よく知るのかも知れない。

今夜は年に一度の会社全体の懇親会。普段は部署事にそれぞれの仕事をこなすだけの日々。近くて遠い知人と酒酌み交わせる宴で、互いの悩みを語り合えるだろうか?それとも微笑み返しで、出世争いのネタ探しに終わるのだろうか。

コンクリート・ジャングルは美しい自然より過酷なのかも知れない。

碧雲天 黄葉地
秋色連波 波上寒煙翠
山映斜陽天接水
芳草無情 更在斜陽外

黯鄕魂 追旅思
夜夜除非 好夢留人睡
明月樓高休獨倚
酒入愁腸 化作相思涙

碧雲の空、黄葉の大地
秋の気配が連なる波のように広がり、
水面には寒々とした靄が緑色に立ち込めている。
山は斜陽に映えて、空は水に接する時、
薫り高い草花は無常である。
その上、日の当たらぬ場所ならば、ことの他のこと。

故郷への想いは心は落ち込み、過ぎた時が思い返される。
夜ごと寂しく独り寝する時、
好きな人を想う好い夢をみられないならば
明るい月の夜、塔に上り、ひとり欄干に寄りかかるのはやめよう
酒が入っても愁い悲しむだけ
酒は相思の涙となるだけなのだから。

2008-09-20

幾多愁 A lot of plaintiveness

政治に疎く、文化・芸術に優れていた中国・五代十国時代の南唐の皇帝・李煜は、宋によって攻め滅ぼされ、幽閉の身となり、愚かさを嘆いて、文化・芸術の才を深めていったという。

「虞美人」とも名付けられたこの詞の「故國不堪回首 月明中」が宋の皇帝の怒りに触れ、猛毒を飲まされ、亡くなったという。

戦国の世の中、どんなに戦略に優れた君主とて、国を想う人の心には毒を盛るしか、術がなかった。

昼の日差しの強さと夜の冷え込みの寒暖が大きくなってきたこの頃、四季の移ろいを感じ、衣替えの時期を案じたりする。

我が身を守る愚かさ、人の世に秀でる愚かさ。
「故国は首をたれてなお、月明かりの中」

春花秋月何時了
往事知多少
小樓昨夜又東風
故國不堪回首 月明中

雕欄玉砌應猶在
只是朱顏改
問君能有幾多愁
恰似一江春水 向東流

春花 秋月 何の時にか了らん
往事 多少(いくばく)かを知らん
小さな塔には 昨夜 又 東風が吹いた
故國は 回首に 堪へず 月明の中

どんなに立派な欄干や石の階段とて まさになお 在り
只 是 若人 年老いるのみ
君に問ふ 能く 幾多の 愁ひ 有りや
あたかも似たり 一江の 春水の 東に向かって流るるに。

2008-09-18

但願人長久 It wishes long life.

テレサ・テンの代表作『淡淡幽情』を聞き返し、添えられたブックレートを読み返し、1980年代、鄧小平(とう しょうへい)と鄧麗君(テレサ・テン)という二人の鄧の逸話に想いを馳せりもする。(常用漢字外のため、姓名がパソコンできちんと表示出来ない可能性あり)

テレサを卑猥な歌手として、入国禁止、そのカセットを持つ者を処罰した中国政府と民主化がなされない限り、大陸の土地は踏まないと宣言するアジアの歌姫の闘いは、出稼ぎ歌手への蔑視扱いし続けた日本ではあまり知られない話。

『淡淡幽情』に収められた「但願人長久(長寿を願って)」は今なお、歌い継がれ、四川大地震のチャリティなどでも歌われているらしい事をYoutubeにて、知る。

明月幾時有 把酒問青天
不知天上宮闕 今夕是何年

我欲乗風帰去 唯恐瓊楼玉宇
高処不勝寒 起舞弄清影 何似在人間

轉朱閣 低綺戸 照無眠
不應有恨 何事長向別時圓
人有悲歓離合 月有陰晴圓缺
此事古難全 但願人長久 千里共嬋娟

月よお前はいつからあるのか 酒を片手に天に尋ねてみても
遠い天上世界では 今宵がいったい何の年なのやら

風に乗って帰りたいが 贅を尽くした高楼を怖れ 上空の寒さにも耐えられない
私は独りで舞い 己の影と戯れる
これを人の世のありようと言えるだろうか?

お前は朱塗りの楼閣を越え 綺麗な門を抜け
その光は眠らぬ私を照らす
恨みなどないだろうに なぜ別れの時にこうも満ちるのか

人の世は悲喜交々(こもごも)そして出会いと別れ
月もまた満ち欠けあり
いにしえよりこの道理の前に為すすべは無し
ただ願わくば 人の長久を!
ただ願わくば 遙か遠くにあっても共にあの月を見ることを!

2008-09-16

獨上西樓 go up to the tower in the west alone.

国を滅ぼされ、囚われの身となった歌人が「亡国の足音」を嘆く歌は、好きな人に想いを馳せるように国を恋い慕う。

そんな歌の数々を聴き、嫉妬に狂う侵略国の王はこの歌人を毒殺する。

そんな秘話がある歌を返還問題が騒がれた時代の香港でテレサ・テンはアルバム『淡淡幽情』の一曲として歌った。

無言獨上西樓 月如鈎 寂寞梧桐 深院鎖清秋
剪不断 理還亂 是離愁 別有一番滋味在心頭

黙ってひとり西楼に登り、かぎのような三日月を眺める
奥深い庭の中に一本のアオギリが寂しげに立ち
まるで清々しい秋を閉じこめてしまったようだ

切ろうとしても断ち切れない、鎮めようとすればするほど乱れる
それは何か?それは別れの憂い悲しみ
そして、心の中にはもうひとつまったく違う味わいが残ること

2008-09-14

悪魔除け It drives off a demon.

昨日の晩にスーパー銭湯で、子供たちが露天風呂で走り回って、ひとり転んで、後頭部を打ち、血を流す場面に出くわしました。

泣き狂う子供は、父親らしく人に抱えられ、血は背中一面流れ落ちていました。

更衣室に入るなり、連れの男性客が従業員に救急車を要請し、父親は急ぎ服を身につけていたけれど、その間、転んだ子供は泣きわめき、一緒にはしゃいでいたお兄ちゃんらしき子供は「なんで服を着るの?」と帰りたくない様子。転んだ子供も病院に連れていかる事を悟ったのか、嫌だというようにくずりだし、後頭部の出血も止まっていないのに、逃げようとする。

端で見ていて、照れ笑いするこの子等のお父さんがなんで怒らないのか、不思議だった。

このお父さんに限らず、浴場に連れてくる父親は子供たちにしたい放題させ、エスカレートしても止めもしないケースが多く見られるけれど、後頭部出血という生き死にに関わる時、邪気帯びた子供を叱り、落ち尽かせなきゃ、収拾つかなくなるに決まっている。

ハタ目を気にしながらも、自分の見栄が大事なようで、このお父さんが何となく腹立たしかった。

邪気払う悪魔除けの大切さが忘れられたような今の時代をみたような一こまだった。

2008-09-13

ありがたや ありがたや Thanks and thanks

YouTubeで上々颱風を探していると、江州音頭の生き仏、桜川唯丸師匠の動くお姿が見つかり、狂喜乱舞。

歌声が少し枯れているかなと思いつつ、長尺の音頭囃子が進むに連れ、その語り節は勢いづいて、般若心経で踊り手さん達が踊る場面はやはり圧巻。

引退されたと聞く師匠の近況は日記を拝読すると、江州音頭の近代史をまとめるべく、「おもしろクラブ」なるページを作られている。

肩凝り、眼の疲れなどこぼしつつの力作ページは珍しい写真のオンパレード。

「食て寝て起きてまた食べて 同じ事して死んでいく」この世の極楽を語り続けるその熱意のその一こまをお裾分け。

2008-09-11

花祭りの朝 Morning of Blossom Festival

バブル時代真っ最中の1990年前後に一世風靡した上々颱風の話題が仲間内で出て、手持ちのCD「上々颱風2」が聴きたくなり、今朝、出勤前にパソコンに取り込んで、スマートフォンに入れて、出勤途中に聴いてみた。

地下鉄が地震発生で安全のため、20分もの間、一時停止した時、耳に流れてきたのは、「愛より青い海」「Let' It Be」の他、名曲揃いのこのアルバムで、忘れてはならない曲が「花祭りの朝」。

アジアの音階をポップスにした上々颱風は、ここではサムルノリという韓国の伝統音楽のリズムをベースにした人生歌を披露する。

合間に奏でられる南米のチャランゴの響きもあり、曲のイメージは韓国のアリラン峠から、モンゴル平原のユーラシア的な風景と南米のアンデスの麓に住むインディオたちの生活が重なり合う物で、同じ黄色人種の音楽的ルーツを浮かび上がらせる物でもある。

厳しい自然の中、生き抜くために、カムチャッカからアラスカに渡り、白色人種の「発見」の遙か昔に、新大陸に住み着いたインディオたちの祭りは「花祭り」。厳しい冬を生き抜き、花が芽吹く春を迎えられた喜びのお祭りを祝う歌は「エル・ウマウアケーニョ(El Humahuaqueño)」。「ウマウアカ」は人や物と意味だそうで、「花祭り」は人や物を祝う祭りなのだろう。

生かされるありがたさを知る者たちの命の歌が「花祭りの朝」に歌い継がれている気がする。

そんなことを思うのも、地震という自然現象に足止め食らった時だったかも知れない。

2008-09-10

上々颱風 Shang Shang Typhoon

仕事の合間、30代の友達と音楽の話をしていて、上々颱風を知らないというので、さっそく、YouTubeで教えてあげた。

仕事中の出来事。。。あの日に帰りたい?

2008-09-09

忙しい It is busy.

週末から週明けにかけ、このごろ何かと忙しい。

仕事掛け持ちの身としては、動き回る週末の仕事の後は、足のむくみを取るべく、銭湯なぞに行き、リフレッシュして、平日の仕事に臨むのだけど、このところ、平日の仕事の方も週末の休みの間に入ったFAXのデータ整理で、週明けが忙しい。

二足のわらじの重みをひしひしと感じつつ、来週、再来週のシルバーウィークの連休でやっと人並みの休みを満喫できるかと思うこの頃。

早く来い来い、シルバーウィーク

2008-09-06

Windows mobile

Windows mobileから書き込みテストに挑戦してみる。

買い換えたスマートポーン、Advanced/W-ZERO3 [es]がWindows mobileで動いているので、ネットで提供されているフリーソフトでカスタマイズし、使いやすくしたりしているのだけれど、だいたいのカスタマイズをし終えたのでネット書き込みに挑戦。

画面が小さいので、画像満載のビジュアルブラウザーのみでは使い勝手よくないので、テキストオンリーのテキストブラウザーを入れてみたり、古い文学を集めたサイトとして知られる「青空文庫」の書物を読みやすくしたピュアを入れてみたり、その可能性を試している。

この文章もテキストエディタで下書きをまず書いている。これがうまくいけばケイタイ小説に挑戦なんてね。


テキストエディタ画面


青空文庫ピュア「青空子猫」画面 伊丹万作「戦争責任者の問題」

2008-09-04

タイタニック Titanic

銭湯の水風呂に飛びこむ若者たちが「『タイタニック』って、こんなんだったのかな?」と語り合っていた。

イメージの貧困、死んで良し。

2008-09-02

人の言葉 People's word

脳性麻痺の友だちのブログに書かれていた日記、「何してるの?」と・・。

言語不明瞭だからじゃないんじゃないか。

社会の価値、自分の価値に重きを置き、人の価値観をそれに照らし合わせて、評価するのが当たり前になってしまった今、自分の価値で人を評価して、「答え」を見出す。

社会の価値を疑う事もせず、自分の価値を疑う事もしない。

たかだか数年前の不便さを語っても、「そうだったっけ?」と忘れたふりをし、悩みをこぼす人には「そんな事じゃ」と社会の価値を押しつける。

修正可能を修正不可能にする力。そんなものを今の社会に感じてしまう。

2008-08-31

足で水掛け Water is sprinkled with the foot.

この頃のスーパー銭湯ブームに便乗し、身体の疲れを癒しにスーパー銭湯巡りなぞしている。

銭湯ほど人が本当に裸になるところはないようで、浴室内に流れる館内放送も日に日に「注意項目」が増えていく。

浴槽にタオルを入れるな、水風呂には汗を流してから入れ、洗い場、サウナ内の場所取りはやめろの他、男湯でも長髪は髪を束ねては入れというものまで流れていた。

テレビ局の取材が入った時など、営業で道草を食っているサラリーマンがおふざけで、「下半身はぼかさなくていいから、顔をぼかしてくれ」という猥雑な話もあれば、何を考えているのか、浴槽内での読書や喫煙、ひげそり、歯磨きをする者もいれば、雨に濡れたズボンをサウナ室に持ち込み、渇かそうとするのもいる。

長湯で浴室で具合が悪くなったのか、湯船に沈み込んだ年配者を周りの者が誰も気がつかずに、露天風呂から僕が戻った時には湯船の中に沈み込み、あぶくが浮かび上がっていたところを助けた事もあれば、首筋から足首まで背中に刺青をいれたお兄ちゃんが店員の目を盗んで、風呂に入り、石鹸をつけ、洗い場で体を洗い始めた時に店員に追い出される場面に出くわした事もある。

何でもありの銭湯の光景の中、先日、これこそ絶句ものに出くわした。

父親とおぼしき人がジャグジー風呂に入る横で、その子供と思われる7、8歳の子が父親の顔めがけて、足で水をかけていて、父親も何も言わず、かかった水をぬぐうのみ。

放任主義の父親は数多く見てきたけれど、こんな父親は始めて見た。

この子の将来も恐ろしいけど、この父親の将来は悲惨なように思う。けれども、そんな世の中なのかなのかなと、その光景を容認してしまう自分が一番恐ろしいような気もする。

2008-08-28

遠足 Excursion

明け方の雷の爆音と地響きは凄かった。その後の激しい雨は自然の中で生活している自分を思い知らされ、目を覚ましたけれど、月末で立て込んだ仕事をこなし、疲れた身体はその雨音でまた眠ってしまった。

昨日は札幌市が打ち出した障がい者の交通費助成見直しが、当事者団体の意見を聞きつつ、話し合いの席に着こうとしない市側の態度に対し、抗議の意味も込めて、市役所に総勢500人に及ぶ当事者、その親、サポーターが集まった。

高齢化による税収の減少から来る財政難を盾に、助成見直しを撤回したがらない札幌市は、来年4月からとする見直し実施を強行はしないという回答のみで、まだまだ不安はつきまとう。

高齢化する社会で、社会基盤として重要になるのは社会福祉のあり方なのに、所得保障も提示しないまま、生活助成を削ろうとする行政のあり方はやはり常識外れのような気がする。

たかが交通費だけれど、月々6万円強で暮らす障がい者が地域で生きるために通う作業所も、自立支援の就労施策により、働く場の利用料として、一割負担を強いられている現状、手取りの目減りは分かり切っている事であり、市民の負担増より市の財政を重んじるならば、今後の破綻は云うに及ばずだと思うのだけど。

明け方の雷の爆音と地響きを行政マンたちはどんな思いで寝床で聴いていたのだろうかとふと思う。

昨日市役所前に集まった市民たちは久々に逢えた互いの健康を気遣い、励まし合っていた事を知って欲しい。この遠足すらままならぬものにしてしまわないためにも。


市役所前に集まった人たち

2008-08-25

復刻 Reprint


復刻されたCDのラベル

代表曲「自由への長い旅」が現在活躍する多くのシンガーたちのバイブルであると云われている岡林信康氏の初期の音源のCD復刻第一弾が手元に届いた。

復刻は絶望的とも云われていたものだけに、嬉しくなってこんな記事を書いたりする。

第一弾は関西ロックのレーベルURC時代のオリジナルアルバムが、オリジナルの形で音源も今までの復刻ではレコード会社が自粛し、カットした曲も完全収録されている。紙ジャケ仕様のもので、当時のアルバムのミニチュアもコレクター心をくすぐりもする。

小冊子のライナーノーツには当時の岡林氏の記事を掲載すると同時に、デビュー40年の歩みを振り返る岡林氏のインタビューも掲載されている。

牧師の父の後を継ぐべく、同志社大に入ったものの、父の教会の信者であった不良少女が何かの事件を引き起こした時、他の信者から激しいバッシングが教会に寄せられ、少女は教会に来なくなった事から、父との亀裂が生まれ、大学をやめて、東京・山谷のドヤ街に日雇い労働者として転がり込んだという岡林氏は、学生だった時は、ドヤ街の住人たちを見下していたけれども、自分も簡単にドヤ街の住人になれるカルチャーショックを受けたという。

反戦シンガー高石友也のライブを聴き、ボブ・ディランに憧れた岡林氏はビクターからアジテーション・ソング「ほんじゃまあおじゃまします」でレコードデビューするはずだったけれども、政治家諸氏を愚弄しているという事から、発売中止の憂き目にあった事から、反体制シンガーとして、脚光をあびるものの、反体制である事に意味を重んじる支持者たちの中で、自分を見失うまいと、フォークからロックへ転向するけれど、更なる重圧に、ステージのスケジュールをドタキャンして、山奥の村にひきこもる。

歌う歌は演歌に変わり、美空ひばりとの出逢いから歌の内容も自分と自然を見つめる歌に変わっていった時、必死に生きる事は無理しなくてもいいに変わっていったという。

日雇い労働者は今は名前を変えて、ワーキングプアという若者たちになり、必死に生きなきゃならない時代となった。還暦を迎えた岡林氏もこの国の人間たちを何とかしたい、という想いがあるのだろう。今回の復刻を岡林氏は自分の活動歴の「ほんの序章にしか過ぎない」と断り、反体制というステータスを否定し、必死に生きなきゃならないから生きた時代を振り返る。

今後、ひと月おきに初期音源が体系的に整理され、発売されるらしく、10月の第二弾はアジテーション渦巻くライブでアルバム化されたもの3点。

松本隆、細野晴臣、鈴木茂、大滝詠一のハッピーエンドとのジョイントでエキサイトする音源やいろんな曲をパロッて、ベトナム戦争で戦争の親玉になったアメリカを野次った「アメリカちゃん」が初のCD化となる。

「いつの間にか私が私でないような」「もう一度私になるために」

岡林氏の新たな「自由への長い旅」に付き合える「今」を喜びたい。

2008-08-24

メタボかも Am I Metaboricc?

急に寒くなってきたこの頃、マイミクしている俳優さんのブログでは「北海道はもう冬」という記述がされていて、フン!と思ったけれども、確かに寒い。(>_<)

春先からパソコン作業の仕事も兼業し始め、仕事後、新しい環境での精神的な疲れを解消すべく、スーパー銭湯とその横にあるうどん屋に通い続けているうちに、お腹周りが何となく、メタボ。

体脂肪計も夏場は10%前半でキープしていたのが、昨夜は10%後半に突入。

平日ブラブラしていた時はそれなりに用事を作り、動き回っていたけれど、パソコン作業のデスクワークがいかんのでしょうか?

天高く人肥える秋、来月は職場のおばちゃん200名との大ジンギスカン大会があるし、忘年会の準備も始まる。

ストレス発散に身体を動かす事を考えなきゃ、本当にメタボなのかも。

銭湯の客同士語り合う、燃料高で、寒さこらえる腹筋運動はゴメンだけれどもね。

と思う事はやはりメタボへまっしぐらなのかしら。

2008-08-22

本に署名する事はおかしな事だ The thing signed to the book is a strange thing.

ラテンアメリカ文学の偉人ボルヘスの名著「伝奇集」に「本に署名する事はおかしな事だ」と明言する箇所がある。

「剽窃の観念など存在しない。すべての本が、時間を超えた、無名の唯一の作者の作品であるという事は確かな事だ」と続けて、ボルケスは云う。

名著「不死の人」でもフランシス・ベイコン「エッセイズ」を引用し、「すべての知識は追憶に他ならず」「すべての新奇なるものは忘却に他ならず」と語りもし、無名の書物たちの掘り起こしに尽力された人でもある。

現代社会に「著作権」なるものが大手を振るようになったのは1970年前後のようで、それ以前に巻き起こった過去の文化の掘り起こしであり、民衆史の発掘でもあった「フォークブーム」の反動のような形で、「フォークブーム」の発信地アメリカを始め、世界的に「著作保護」が法制化されていった。

クラシック音楽のドボルジャーク、ラベルなどの「民謡」の編曲に限らず、近代における文化の搾取の憂き目にあっていた第三世界がこの「著作保護」に黙っているわけもなく、未だに続いているボサ・ノーヴァのジョアン・ジルベルトの初期作の著作権裁判などはよく知られた話でもある。

「先進国」の「著作保護」に対し、音楽ではレゲエやラップなどでどこまで「加工」すれば「オリジナル」なのかを競うジャンルが生まれもしたし、総合芸術とされる映画はどの部分が誰の著作か問う裁判が絶え間ない。

ボルヘスが問う「署名」の矛盾とはこの世の中にその人だけが作り出す「オリジナル」などあるはずがなく、誰かしらの影響や感銘を受け、「語り部」として語り継がれるのが「著作」であり、歴史の継承の証ではないのかという視点であろう。

日本神話の黄泉の国の話はギリシャ神話の「オルフェ」と類似しているけれど、そこに語られる事を「剽窃」などという論議でみていくと、事の本質を見失う。

大手企業のアイデアが中小企業のアイデアの盗用であるなどはよくある話で、ミニシアターの映画館主が、幕間をなくしたのも、レディスディを企画したのもミニシアターの苦肉の策なのに、シネコンがマネをしたという話を聴きもする。

文化の源である大道芸も「流行」のコピーから始まり、そのエネルギーが次なる文化を生むといわれているのに、「著作保護」により、新たな「オリジナリティ」はその限界に達しているとも云われ、映画の都、ハリウッドでも旧作リメイクや第三世界の監督たちにハリウッド映画を作らせるという異文化混合の試みがなされもしている。

ミッキーマウスを越えるキャラクターを生み出せずに「著作保護」延長をごり押しするディズニーなどの話もあるし、日本では「映画監督は映画の著作権者ではない」とする配給サイドよりの法律もあり、企業のための「著作」がますます強くなっている。

「著作権」を行使するならば、廃刊、廃盤などで触れられなくなった「著作」の「見る権利」を補償しろと云う話も聴くし、字幕や音声などで文化物に触れられる機会を得られるようになった障がい者たちが「著作権」により疎外されている事例もある。

「語り部」文化を嫌うことに対し、ボルヘスが「本に署名する事はおかしな事だ」と語る事はもっともな事と思うし、文献の引用頻度で、文章価値を競う価値観もあるらしい。

文化を如何に共有するかは、その時代の豊かさのバロメーターなのに「俺、俺」主義の「著作保護」は今なお大手をふるっている。

2008-08-21

スマートフォン Smart Phone

ヤフオクで、同じ北海道からの出品というので、送料も安く済むと思い、落札出来なくともと悪戯心にAdvancedW-ZERO3[es](WS011SH)を入札したところ、落札してしまった!

これでまた余計な出費をしてしまったけれど、使いこなせるかな?

来年に始まるという次世代PHSに対応していなければ、(涙)なのだけれど。

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2008-08-16

元ちとせ Chitose Hajime

今宵は石狩新港でRISING SUN ROCK FESTIVAlL 2008 in EZO

いたこさん、元ちとせも来るとの事で、見てみたい気もするのだが・・・。

先日、ヤフオクで落札した新譜『カッシーニ』もちょうど届きいたことだし、まずは耳満足で我慢するか。

YouTubeにて元ちとせ様を検索すると以下のおもしろセッションを見つけた。

矢野のお姉さまは元ちとせの将来かも知れない。(笑)

定番曲もお付けしておきます。

2008-08-15

ストリートビュー street view 2

お休み日とお盆の休みが重なって、損した気分の夏休み。

Googleマップのストリートビューの関心が高いようなので、続報報告。

ストリートビューの使い勝手を試してみると、それぞれの地点での画像回転はマウスドラッグでほぼ360度回転見回せるようで、撮影者の足下のみが写らないみたい。ただ、上空まで移動し、そのまま、向かいの建物を逆さに見せるなんて云う事が出来ないのが残念ですね。

ストリートビューをドライブ感覚で移動していける機能もいろいろ見ていくとやはりクレームが多いのか、ところどころ画像削除のブランク地帯があったり、移動しているはずがとんでもないところへワープしたりする箇所を見つけもした。

そんな操作をしている時、個人を特定出来ないように、顔はぼかすというストリートビューの趣旨は判るけど、個人は顔だけで判別する訳じゃないという当たり前の事に気付かされた。

よく知った知人がひょんなところでその特徴ある姿形を映しているではないか。

あら、お兄さん、何やってるの。

プライベート保護がいくら配慮されたとしても、知り合いはそれぞれの特徴を掴んでおり、写った人を見分けるもの。

写る人物はすべてぼかしが入りゃなきゃ、クレームのタネになるだろう。

街頭ポスターなどがぼかされていて、選挙事務所の名前がはっきり判別されるのも、場所の目印なのか、個人の特定なのかもボーダーだろうし。

時代を先行くするGoogleもべらぼうなコストと引き替えに、無謀な事を始めたものだ。

今のところ、日本の他は、アメリカ、オーストラリア、フランスが公開されているようで、日本でも東京、横浜、大阪、京都、仙台、札幌のそれぞれ近郊と限定されているみたいだけど。

ひと月前後の行動範囲で知られたくない場所での激写をされていないか要チェックだけれども、アクセスすればGoogleの利益。

「堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び」Google社会貢献に奉仕する時が来たようである。

2008-08-13

ストリートビュー street view

アルバイトの後輩から聴いたGoogle ストリートビュー。

試してみると、友達の家が丸見え。これ、やばくない?

「ブーム」ではしゃぎたがる奴らはプライバシーなんかクソ喰らえと喜ぶんだろうけど。

mixiの日記を検索すると、自分チの前の画像を載せて、来る日が判っていればお尻を見せてあげたのにと書いていた。(笑)

家はまだエリア外だから、載っていないけど、「Google ストリートビュー お断り」と立て札でも立てとくかな。

出刃亀ばかりが流行る世の中、ストリートビュー・ストーカーなんていうのも流行るのかも。

2008-08-12

自分供養 It holds a service of me.

実母が亡くなり、35回目の命日。

先週からの夏の疲れは夏風邪となり、しつこい咳、鼻水に悩まされ続け、まだ残っている。

今日は仕事後、叔母の家に寄り、ススキノど真ん中にあるお寺さんに納骨してある実母と養父の墓参り。

実母が8月12日、養父が12月12日と月命日が同じ日で、実母の命日には僕の誕生日である11月28日の数字が全部入っている。

仏供養は自分供養とも思ったりするけど、お墓参りの帰り道、赤い灯、青い灯の極楽通りに迷い込まないように気をつけなきゃ。

2008-08-10

糸 String

「お前ら国が認めた馬鹿だ」といわれ、虐待、セクハラ受けた水戸アカス紙器事件。知的障がいであるがために被害者の訴えに信憑性なしとされ、地域の実力者でもあった加害者にお咎めなしの判決が下されたこの裁判は、テレビドラマ『聖者の行進』としてドラマ化されたので、ご存じの人も多いかも知れない。

その主題歌「糸」は中島みゆきが歌っていたけれども、後にBANK BANDがカバーしている。

友だちとそんな話をするこの頃、身近では障害あるなし問わずの共生社会の試行錯誤が繰り返される。それは人と人の接し方が安易に論じられる現代だから起こる苦悩だと思う。

人と人が織りなす糸が交わるようで交わらず、社会をくるむ布にすらならずに、糸だけが散らかるような。

効率と能力の綱引きで、パニックを起こすのは能力を求められる人たち。便利さの中に生きる我々はいつの間にか人に対して、効率のみ求める機械になっているのかも知れない。

2008-08-09

オリンピック・ドキュメント The Olympics document

豪華華麗に始まった北京オリンピック。資本と文化の融合であり、激突でもあるオリンピックは個人、団体の競技が「国家の名誉」に置き換えられるイベントでもある。

古くはベルリンオリンピックをドキュメントした『民族の祭典』『美の祭典』のように各競技の模様が全体主義的に映し出され、物議を醸し出した話などはその後の「オリンピック・ドキュメント」にも数多くあり、競技が個人、団体のものなのか、国家のものなのかというのは永遠の議論である。

フランスのグルノーブルオリンピックを描いたクロード・ルルーシュ監督『白い恋人たち』では資本の力にあらがう分断され、大国の選手として闘う小国の選手たちに「彼女の演技を彼女の国の人はお金に換算する。得意のコンピューターで、山分けを計算する。分断され、祖国を失った人は自尊心のため、闘う。」とエールを送っていたし、市川崑監督の『東京オリンピック』は競技の模様を通し、戦後日本の民主主義的な復興を世界にアピールしていた。また、テロ事件を引き起こしたミュンヘンオリンピックの競技模様を映し出した『時よとまれ、君は美しい』は政治的問題を描こうとする監督たちとオリンピックの華やかさをアピールした制作側のせめぎ合いがあったと聞く。

僕が中学一年の時、札幌でオリンピックが開かれ、その時もまた、オリンピック・ドキュメントは作られた。

ちょうどその時のうちのクラス担任がスポーツ関係でなのか、オリンピックの開催に関わっており、授業の合間に、オリンピック競技のサポーターとして、出向き、会場でのエピソードを生徒である僕たちに教えてくれた。

スキーのジャンプ競技で、メダル獲得が本命視されていた選手たちを差し置いて、無名の選手が金メダルを取るという大きな番狂わせがあり、オリンピック・ドキュメントを作っていた映画スタッフは大慌てで、撮影していない無名の選手の金メダルを取る瞬間を再現するために、うちの担任教師も駆り出され、飛んでもいないのに、着地地点で飛距離の札を持ち上げる「芝居」をやらされたという。

この話を聴いてから、ドキュメントもまた作る側の作為あるもので、後に知った元新聞記者であるガルシア=マルケスの「ノンフィクションはノンフィクション作家が作り出すフィクション」とかいう言葉に共鳴を覚えたりしたものである。

オリンピックという祭りの中、参加した選手たちの努力を安易に「国家」レベルで論じる愚はいい加減やめにしたい。論じるなら、「寂しき地球人」として語り継ぎたいものである。

2008-08-07

ルージュ Rouge

身繕いを覚え、綺麗に見せる事に夢中になり、いつの間にか何のために身繕いをするのか忘れてしまう。

そんな哀しい人の性を唄った中島みゆきの「ルージュ」

ご主人が亡くなり、一切の芸能活動から身をひき、普通の小母さんになったちあきなおみの軽やかに唄うこの歌に切なさを感じる。

作り笑いがうまくなりました。ルージュひくたびに判ります。

判るうちが花なのだろうね。

2008-08-06

夏の疲れ Tiredness of summer

夏の疲れなのか、ほぐれかけた首筋の疲れ、肩凝り、背中の凝りで身体の奥底に潜んでいたいたものが一気に吹き出すかのように、昨日あたりから咳き込みがひどくなってきた。

咳の他に凝りの中に封じ込まれていたかのような痰が鼻水となり出て来もして、何ともつらい。

けれども、風邪のような熱っぽさはまだなく、体力消耗したら、夏風邪に直行なんだろうなぁとも思うから用心しなきゃとも思う。

人の身体には「病気の元」みたいな無数の病原菌が身体に潜んでいるという話も聞いたことがあるからなおのこと、要注意なのだろう。

連日続く真昼の真夏日は体力消耗だけれども、真夏日になっても未だに涼しい夜風は天の救いのようにも思えてくる。

咳き込みで、首筋の疲れから来ている呑み込みづらい違和感が解消されるような気もするけれども、この咳き込みは身体からのイエローカード、ここで無理するとレッドカードになるぞと云う警告のようにも感じられる。

8年ほど前、やはり夏の疲れからクシャミひとつで一月半歩けなくなったりもしたから、このイエローカードは侮れない気もする。

まずは今日一日様子を見て、自分の身体のぼやきに耳を傾けてみよう。

もう少し無理出来る。もう少し楽したい。もう少し食べられる。もう少し他人に冷酷になれる。

この世の中、自分自身が一番の無関心は自分の身体なのだから。

2008-08-04

暑中お見舞い申し上げます Visit the summer.

今週一週間は札幌も最高気温30℃の真夏日続きとか。

週末に行っている職場は機械交換の工事で、冷房なしだとお掃除おばちゃんがこぼしていたけど、こちらの平日勤務の職場も冷房なし、窓全開のエコ環境。

体力勝負の生きていればお慰み。

暑中お見舞い申し上げます。

2008-08-02

スターティング・フロム・スクラッチ in ロッテルダム Starting from Scratch in Rotterdam

月が変わり、8月。今年の夏はそれなりに暑くなったりしたけれども、どうも朝晩と昼の気温差が大きいような気がして変な感じがする。

先日、友達が主催した、今では存続の危機が語られている8ミリ、16ミリの上映会が、昔、映画館として使われ、今は各種イベント会場として再利用されているらしいところで行われたので、観に行ってきた。

建物の四階にあるそのスペースに行く階段はこんなに急だったかなというほど急で、自分の足腰の衰えを変なところで実感したりもしたけれども。

映写機のリールの回る音と、壁なのか、スクリーンなのか判然としない場所に写し出される映像、隣の人との距離を自在に調整可能だけれども、長く座っているとお尻が痛くなるパイプ椅子という一種ノスタルジックな雰囲気の中、上映会は行われた。

8ミリ映画の文化はコダックが主流の海外とは異なり、日本では富士フィルムが根強いシェアがあり、重ね撮りなどの表現法が手軽に出来き、海外だと16ミリにブローアップさせ、作品化するのに対し、8ミリの素材を生かした表現技法をそのまま作品として成立させる「日本文化」があるそうだ。この上映会も通常、DVやDVDとして上映するケースの多い海外の映画祭の中で、オリジナルの上映にこだわる今年の1月から2月にかけて行われたオランダのロッテルダム映画祭で上映されたプログラムという。

コマ落としや重ね撮り、フィルムの重ね合わせなど、僕自身、制作分野には詳しくなく、技術的には把握出来ていないけれども、デジタル文化にはない生のフィルムの映像文化を久々楽しめた。

上映後、語られたフィルム文化の面白みはデジタルの人気に押され、撮影機の生産中止、フィルム生産の減少により、利用者減で消えゆく文化でもあるらしく、主催の友人はフィルム文化を存続させる会の活動の一環としてこのイベントを展開しているらしい。

もしかすると、今この時が古今の多様な表現技法を取り組む作品群が観ようと思えば見られる唯一の時なのかも知れない。

フィルムの中に動めく傷の向こうにある明かりを求め、暗闇の中、数時間の共有。

今、失われていくものは、闇と明かりの境なのかも知れない。

スターティング・フロム・スクラッチ in ロッテルダムの日本における上映会は4月の東京を皮切りに、福岡、札幌と上映会が行われ、大阪での上映も決まっていると聴く。

2008-07-31

いけないね useless

地下鉄のプラットホームのベンチにお祖母ちゃんとその孫と思われる女の子が腰掛けました。

ベンチには誰が放置したお菓子の袋が投げ捨てられていて、女の子はお祖母さんに「いけないね」といいました。

お祖母さんは投げ捨てられたお菓子の袋をちらっと見て、「そうだね」と言い、何もせずにまた前を見て座り直しました。

女の子は投げ捨てられたお菓子の袋が気になるのか、その後もずっと見ていたけれど、何もしないお祖母さんに習い、お菓子の袋を見るのをやめました。

女の子は少し世間を知ったのかも知れないと、同じく見過ごしている僕は思いました。

地下鉄が到着して、お菓子の袋は地下鉄の風に乗り、プラットホームを舞い上がり、乗降客の足に絡まり、やがて、地下鉄の線路の下に見えなくなりました。

2008-07-30

手首の痛み Wrist pain

週末、仕事が終わる時に右手首の引きつりが最も強いところが何故か急に痛み始め、変だなぁと思っていたのだけど、月曜になっても痛みが治まらず、サロンパスを貼ってみたけど、ますます痛みが増すばかり。

その日、仕事帰りのお風呂で、お風呂のお湯と水風呂とに交互に痛む手首を浸してみたところ、翌火曜日には痛みが少しひいた感じがする。

水曜の今朝になっても少し痛みは残っているものの「大丈夫かな」

お風呂効果のせいか、肩凝りは肩凝りよりもその大元となる首筋の引きつりの筋の痛みが判るようになってきたけど、筋の痛みは簡単に取れはせず、首筋の引きつりの強さで、飲み込み具合にも影響が出始めているけど、その影響なのかなとも思ったり。

筋の痛みでは医者の誤診に悩まされたりしたので、今は医者よりお風呂療法に専念する毎日。

完治はするわけないけれど、痛みが軽くなればそれに越した事はない。

友だちのブログで少年野球の大会があるらしいとの事だけど、この頃、それらしい体型の少年たちが大勢お風呂に押しかけてきているのはそのせいなのだろうか?

体脂肪率は少年たちに負けないけれど、筋の痛みはやっぱりもうじき50の身体。

昨日は職場に車椅子のストリートミュージシャンでもある同僚の取材とかで、「Hana*テレビ」が取材に来ていたけど、活気と落ち着き、そのバランス関係を教えるように、手首の痛みを感じていた。

もう若くないさと、君に言い訳したね。
「いちご白書をもう一度」

2008-07-28

美味しい店 Delicious shop

この頃は、仕事の疲れを癒すために、仕事帰りは毎日、スーパー銭湯の南郷の湯通い。

昨日、風呂に入りに来ていた学生3人組が「札幌には美味しい店がない」「あってもすぐに潰れる」などと語り合っていた。

確かに移り気なグルメ嗜好はともかく、「安くてうまい店」もどんどん潰れて、なくなっちゃうし、この学生3人組が云うようにチェーン店に組み込まれ、その店ならではのといった地元食文化を楽しめる店はなくなっている。

街中の地下街にあった500円豚丼の店がなくなってから、晩飯に気軽に寄れて、満腹感を味わえる店がなかなか見つからず、チェーン店のお店で我慢するこの頃でもある。

昨日、駅前通りで地下街に新規開業する食べ物屋のチラシを配っていたけど、そのチラシを見たうちのアルバイト学生は、何店舗かあるその店がそれぞれ「売り」にしている食べ物が、「そば」だったり、「ラーメン」だったりして、統一性ないグループ店舗に、多分「うまくない」と判定したりもしていた。

大衆相手の食堂のターゲットは食べ盛りの学生なのに、食べ盛りの世代たちは望む定食屋がなくて、おそらく仕方なしに若者心を掴むのがうまいファーストフードに流れていくのだろう。

一歳二歳の年端もいかない幼児を抱えたお母さん方が手っ取り早くファーストフードで、味付けの濃いポテトを幼児に食べ与える今の日本は、ある意味、飽食という飢餓の時代なのかも知れない。

貧血気味で、どこでもしゃがみ込む若者文化の背景には、地元食文化の貧困があるような気がする。

2008-07-26

共に生きるという事 Thing of both living

木曜夜、職場の従業員の会議があり、「共に生きる」をコンセプトとする職場内での「共に生きる」難しさが議題を通して、感じられた。

参加出来なかった千葉県の「障がい者差別禁止」の法案作成に関わられていた野沢和弘さんの講演会のテープ起こしを仕事としてやっていたのでなおの事、考えさせられたのかも知れない。

野沢さんのお話の中で、当日、会場中がむせび泣いたという場面のテキスト化は涙こらえながらの作業で、そこで語られる「共に生きる」難しさと、職場の中で語られる日常業務をそつなくこなそうとするがゆえの「共に生きる」難しさは表裏一体のような気もした。

いじめ自殺した中学生には知的障がいを持つ両親がおり、その両親をかばおうとして、幼い兄弟たちの世話を見、身なりや風呂にはいる事もままならずに、同級生から「汚い」「臭い」と言われ続けた男の子。その子がお年玉で蓄えた20万円の小遣いで幼い兄弟たちと遊園地に行き、楽しい想い出をいっぱい作った末、使い果たした時に、ロープで首を吊ったという哀しい事例がひとつ。

同級生に妹が重度の障害がある事をひたすら隠そうとする男の子。その子の母がお兄ちゃんの野球の晴れ姿を妹に見せたくて、男の子に内緒で、隠れるように野球の試合を車椅子の妹と見に行き、野球で勝ったのを見届け、そっと帰ろうとした時、一緒に野球の試合に参加した子供たちが、駆け寄ってきて、車椅子の妹の頭に手をやり、「勝利の女神だね」と撫でてくれたという話。

同じ子供なのに、この二つの話に出てくる子供たちは何故、こんなに違うのだろう?子供たちに問題があるのではなく、その子供たちを取り巻く大人たちの問題なのではないだろうか。野沢さんはそんな事を淡々と話されていた。

社会という大きな器で語っていくと、良し悪しの判断は簡単に云えるけど、野沢さん自身、知的障がいを持つ上の子とその兄をかばおうとする下の子が、クラスメートから罵声を浴びせられている現場で、親はいじめられる子の親であるが故に、クラスメートを叱りつける事も、学校に言いつける事も出来なかったという。

障がいを持つ当事者の苦悩を理解するのは、易しいようで、難しい。

「共に生きる」難しさと「共に生きる」甘え、「共に生きる」厳しさ、それらを知ろうとする事が話し合いなのであるのだろう。

相手を知らない事もまた障がいなのだから。

2008-07-24

揺れる大地 The shaking earth

久々に揺れる大地を実感しました

朝、起きる時に、震度はなんぼだったのだろうとネットニュースを開いてみても、細かく各地の震度を伝える記事を探す事に時間を費やし、資料性としてのネットニュースはまだまだ不完全なのだろうとも思ったりします。

紙媒体、テレビ媒体よりスペース制限に囚われなくていいはずなのに、それをしないで一週間もすれば消えてしまうネットニュースの資料価値はほとんど使えない。

海外よりデータベースの活用が下手といわれる日本は異常気象続く昨今にニュースなどを羅列させるだけでも、地球の異変を伝えるものになるはずなのに、一過性の「読売」としてしか利用されていないのだろう。

時系列なニュース編成を望みたいところだし、関東圏重視の従来のニュースではなく、各地のローカルに根ざしたニュースのデータベース化も望みたい。

21世紀のオイルショックが深刻化する今、1970年代のオイルショックがどうだったのか、その当時の公害による環境破壊はどうだったのか、過去から学ぶべきものは無数にあるのだから。

2008-07-23

子曰く So that Confucius say

編者ボルヘス、カサーレスの書「天国・地獄百科」によると、儒教にはあの世の記述はないそうで、天国、地獄も存在しないそうだ。

あるのはこの世だけ。この世を如何に生きるかが儒教の教え。

予科練上がりの斎藤龍鳳がその著書「なにが粋かよ」にて、「戦争反対」の平和論を批判し、「アルジェの戦い」のように闘わなければ平和はあり得ないとする「武闘派宣言」を展開したように、この世の天国、地獄を紐解いたのが、儒教であるといえる。

かの有名な「水滸伝」で語られる"誰をどこまで信じるか"は大陸的であり、国家より、個人を重んじるからこそ、「国破れて山河あり」なのだろう。

「四面楚歌」に描かれる敵に取り囲まれた時、人はなぜ生き延びようとするのか?

漢民族に取り囲まれた高麗武族を描いた韓国映画『MUSA 武士』に「水滸伝」を感じもしたのだけれど、儒教の凄さはそこにあるのじゃないだろうか?

YouTube - Musa The Warrior song

2008-07-21

やがて自分の飲む毒とも知らずに Before long without knowing the poison that I drink

先日亡くなられた職場の同僚は、末期ガンを無理して、出勤されていたという話を聴かされ、その最後の出社の日は壮絶の極みだったらしい。

20代から30数年勤め上げ、今年の暮れは晴れて、雇用止めで退職されようとしていたその方の話を聴くと、「後半年」という気持ちだけで出勤されていたのだろうと思う。

亡くなられて、職場の同僚たちの思いは様々。

「みんなに迷惑かけて、あぁなるまで出てくる事はない」そんな話も耳にした。

その方も雇用止め間近の年配の方。

この前例で、雇用止め間近に対する健康診断が厳しくなる事を恐れてなのか、自分は健康体であり続けるという過信からなのかは知らないけれど、人間はいつかは老い、病み、人の手を借りる。その事を隠蔽しようとするのは、雇用側ではなく、老い、病み、人の手を借りる事に気兼ねを感じる働き手。

人間である事を叫ばずに、我が身の働ける場を確保しようとするその行為は、やがては自分の飲む毒をまく。

どんな思いで、亡くなられた方が、身体に無理を押して通われてきてたか、一番よく知る者たちが、亡くなられた方を切り捨てる。

一番貧しい労働者がスト破りをせざる終えなくなる環境は、豊かなはずの現代もなお、続いている。

人はいつになれば、人になれるのだろう。

2008-07-20

生まれた家 Parents' home

昨日の職場で開かれたバザーの時に見に来て下さった友だちと二人で、働き始めてからずっと気になっていたご近所の琴似屯田兵村兵屋跡を観に行ってみた。

小さな平屋の家の中に入ると開拓当時の二間の間取りが玄関口から見られ、手前の茶の間と思われる部屋には囲炉裏があった。

それは僕は産まれた北見・留辺蘂の本家の間取りと驚くほど似ており、北海道へ開拓を志した人たちの旅立ってきた故郷への郷愁と新たな生活地に根付く「家」の形だったのだろう。

産まれた本家は祖父が四国・徳島の人だっただけに、裏手に上がりかまちがつけられ、裏庭を見渡せられるようになっていた。

琴似屯田兵村兵屋跡も裏戸を出ると小さな畑に菜園があり、トウモロコシ他植えられていた。

何もない北の大地で厳しい自然と共に生きた人たち、その人たちの暮らした「家」で生まれた事を有り難く思えてきた。

奥の間の神棚の下、体内でへその緒が絡まり、母子共に危険な状態の中、なんとか生まれ出たけれど、仮死状態だったという自分。

今の豊かさはそこから始まる自分史があるから。そんな事を思い返す琴似屯田兵村兵屋跡であった。

またじっくり仕事帰りによってみたい。

2008-07-19

この世の花 Flower of this world

今日は何かと慌ただしい一日だった。

平日働く職場の地域交流として開かれたバザーが昼に行われ、いつもは仕事場となっている場所が片づけられ、出店に早変わりし、祭りの場になった。

本、CD、衣服、紙細工、ローソク、メモ帳など雑貨品から、自然食品やつぶ、韓国チヂミ料理、休憩所ではストリート・ミュージシャンとしても活躍する職場同僚のライブに、風船芸人のパフォーマンスと満載の企画。

三連休の初日のせいか、宣伝不足か、仲間内の知り合いのみで盛り上がったバザーではあるけれど、こんな小さな世界があってもいいと思えもした。

僕が声をかけてきてくれた友人たちも、ひとりはじっくりお話し出来たけど、もうひとりはあまり話出来なかったけど、次の時に、この小さな世界の魅力をお話し出来たらとも思ったりする。

束の間のにぎわいの後、週末の職場の親睦会の会議招集があって、バザーの片づけ、仕事場の再現作業の後、本日、有給で休んだ週末の職場に向かう。

会議の議題はうすうす予感はしていたけれど、同じ職場に勤め、先日入院療養のため、やめられた方の訃報の知らせ。

職場の親睦会なので、退職された方が亡くなられても、会としては何もしてやれないという原則があるのだけれど、何日も経たずの知らせだけにお悔やみをどうすべきかが議論の課題。

幸い、職場の方が依願退職であるものを死亡退職とすると伝えてきたので、親睦会としても会費からお悔やみ代を捻出が出来ると難なく決まったけれども。

目の前にある「この世の花」の有り難み、そんなものを感じる一日だった。

2008-07-16

自閉症児のお母さん Autism child's mother

「子供の頃、男の子のように出来ないかなと思って、ホースつけてしたけど、出来なかった。」とオシッコのチャレンジ体験をなんのためらいもなく話す自閉症児のお母さんは、作業所でひとり遊ぶわが子を見つめ、「ここを断られたら、行くところがない」とぽつりつぶやく。

朝晩、わが子の送り迎えをするそのお母さんは、朝、作業所が見えてくる道の角で、わが子が作業所に入るまでずっと見守り、夕方、手をつなぎたがるわが子の手を取り、家路を急ぐ。

作業所の親睦会で、他の障がいを持つ子を抱えるお母さんと、「一緒にいるのを嫌がる」話をして、「それでいいのよ」と子育て論に花を咲かす。

日ごとに大きくなるわが子との距離を意識する分、素敵なお母さんに見えてくる。

2008-07-14

祭りの中で In the festival

札幌の夏に行われる駅前通の歩行者天国の開始にあわせて、行われる四番街まつり。

御輿担ぎをするはっぴ姿の商店街の人たちの着替え場所にうちの職場の一ヶ所が提供されている事もあり、一階のコンコースはいつもこの時期、はっぴ姿の人たちでにぎわっている。

その中に知り合いの小父さん夫婦がいつも参加され、仕事中、顔を合わすといつも声をかけて下さる。

今年もまた、元気そうな顔で声をかけて下さった。

ちょっと小粋な僕にとっての「七夕様」

仕事後、その日の歩行者天国も終わり、四番街まつりも後かたづけをする中、小父さんたちも楽しみ、打ち上げの飲み会に流れているのだろうなぁと思いながら、ぶらり歩く。

祭りの後の寂しさの中、今年も無事逢えた七夕様に思いを果てる。

2008-07-12

天国・地獄百科 Libro de cielo y del infierno

ヤフオクで図書館の除籍本として出品されていた編者ボルヘスの書「天国・地獄百科」をゲットし、読み始める。

背表紙に「好戦的な天国もあり、爽やかな地獄もあるとすれば、天国とは地獄とは、そして我々の生きるこの現世とはいったい何なのか?」なる前書きが記されたこの奇書はボルヘスとアドルフォ・ビオイ・カサーレスの本の虫二者が曰く、古今東西のさして必要がない本を基に編み出された古来伝わる天国・地獄にまつわる概念。

編者ボルヘスのシニカルさを堪能出来る一品でもある。

例えば・・・

ある兵士いわく「天国に行っても、時には戦争に、合戦に参加したいもんだなぁ」

もしくは・・・

男から女へ「ある時君に出逢った。しかし、もし天国で出くわしていたとしたら、ぼくは振り向きもせずに、我が道を進んでいたであろう。」

または・・・

アダムによるイヴの墓碑銘「彼女のいるところが、すなわちエデンの園であった。」

見方を変えれば・・・

魔王の告白「私がいくら飛翔しても行き着くところは地獄。私が地獄なのだから。」

読み進むほどに天国、地獄のモチーフが浮かび上がってくる。

「生きてるものが死んでいて、死んだものこそ生きている」内田百けん先生も師と仰ぐボルヘスの「現世は仮の宿なるを」。

2008-07-11

静かな朝 Quiet morning

サミットが終わり、やっといつもの静かな朝に戻った。

サミットで何が一番いらだったのかというと朝昼晩問わずの警察のヘリコプターの音だったから。

サミット反対デモなんか見ていると「エコ反対」などと無学ひけらかすのがいたり、大音量で練り歩くのがいたりして、ただ単に警察を煽っているようで、結果、警察のお仕事を作り、警備の必要性をアピールしちゃったように思う。

エコロジーの葬送行進曲なんかやってくれた方が面白く、世論にアピールしただろうにと思うのだけどね。

街中に立つお巡りさんへの道案内を求めた爺さん婆さんたちが一番公共性活用をアピールした個別テロにも思えもしたけれど。

ぶらぶら手持ちぶさたにしている全国から集結したお巡りさんも「仕事したぁ」って感じで、爺さん婆さんに敬礼していたし。

70年安保の時、警察に追われている革マルの学生をかくまい逃がした小父さん小母さんたちに対し、自分たちの行動は支持されていると勘違いした革マル派のような抗議行動は結局、権力に絡みとられるのじゃないだろうか。

暮らしから見つめた政治の活用法、それは静かな朝を望む「私たちの望むもの」のように思う。

2008-07-09

好きで仕事をしてる奴なんかいない There is no man who likes and is working.

職場でいつも人一倍厳しく注意する人が、何げにぽつり。

「好きで仕事をしてる奴なんかいない」

出たぁ。本音トーク。(笑)

渡る世間の鬼千匹。その鬼たちも思うは一緒。

警察OBが、あいつら馬鹿だから、決められたとおりの事しかしないと、先日聴かされもしたけど、あなた警察OBでしょう。(笑)

現役警察官の友だちも、サミット終わったら、飲みに行こうと云っていたし。

「今日の仕事はつらかった。後は焼酎あおるだけ」 山谷ブルース

今夜は皆さん、酔い潰れているのだろう。

2008-07-08

ArtLIFE MUSEUM the NET

岡林信康さんの絵本の原画を展示していたので知ったArtLIFE MUSEUM the NET

ざっと見ていって、アーティスト館で面白かったのが、ザ・ニュースペーパーの世評風刺と高田純次の猥雑さ。

気に入ったのが、
あのねのねの「よぅきたなぁ。まぁ座れや」と書かれた木製のトイレの便座(Vol.003)
「よぅきたなぁ。まぁ座れや」と書かれた木製のトイレの便座
植木豪(Pani Crew)の温暖化で汗かくサンタクロース(Vol.006)
温暖化で汗かくサンタクロース

サミットすらも問題意識よりワイドショウ化させてしまうお馬鹿なマスメディアなんかにかまうより、はるかに有意義と思われる。

岡林信康さんの放り出された「美しい国」メッセージも忘れたくない。
ぼくの村は美しい国 竜太の日記

2008-07-07

交通費助成の勉強会 Study meeting of movement cost subsidy

7月3日(木曜)、交通費助成の勉強会として、DPI北海道ブロック会議議長 西村正樹さんを招いて、その問題点が話し合われた。

あげられた問題点は見直し案の支給額の元となったとするアンケートが他では使わないとして取られていたものなのに、使われたという事と、財政難なのに所得制限をもうけずに支給継続されるという事、利用実態が不明確なのに減額の見直しを行おうとする点であると話され、市政の財政難を考えると減額の見直しの撤回は無理があり、制限なしのウィズユーカード支給で利用実態を調べることが大切じゃないかと西村さんは提案されていた。

一般の人と同じ権利を得るための障害者差別禁止法との照らし合わせから考えれば、今回の見直しは差別には当たらないのではと語られていたけれども、不便なく満たされた交通費助成が行われていたものが、いきなり来年4月に減額され、週2,3回の助成しか受けられなくなり、福祉乗車証がなくなる事で残額確認が困難な方たちに新たな「障がい」を与える事が「一般の人と同じ権利」なのかどうか、疑問に残った。

どちらにせよ、見直しの改正案で、利用上の新たな「障がい」が生まれない事をまずは望みたい。助成する側の都合で出された見直し案なのだから、その影響度を十分考えてもらいたいと思う。

2008-07-06

トイレで他人にお尻をふいてもらうという事 other people wipe your hips in rest room

交通費助成の学習会で某障害者団体の方のお話を聞いたけれども、どうも行政マンの視点に立ちすぎていて、当事者置き去りと思われる話をされていた。

横塚晃一『母よ、殺すな』にこんな一文がある。

健全者がトイレで他人にお尻をふいてもらうという事を考えたとき、 さほどの抵抗を持たずそれを出来る人は、まずいないであろう。(p295)

障がいを持たない人(某障害者団体の方は障がい持つ方だけども)が贅沢云うなという事はけして贅沢な事ではない。それはあくまで想像力の欠如であり、他人事としか捉えないから贅沢なのだろう。

1980年代の山田太一の『男たちの旅路』「シルバーシート」で語られる「老いれば判る。」と同じ話と思う。

日本人は個の思想を殺す事で近代化し、総動員、総玉砕、集団就職で今日まで来た国だから、個人個人の差異の共鳴が理解出来なく、個人化進む現代、孤独死が広まりやすいのじゃないかな。

それはフランスの個人個人の差異の共鳴が薄れていき、孤独死が広まった事例とは違うような気もする。

この場合、どちらがいいかではなく、孤独死社会にならないための共生、共働の社会が求められると思うんだけどね。

年老いて、トイレで他人にお尻をふいてもらう時、適切な文句が言える事が大切と思うのだけども。

2008-07-05

古くなるほど酒は甘くなる Sake becomes sweet by becoming old.

このところ、身近な方達のお話で、「自分がイケテた時」の話題が盛り上がり、友だちのブログなんかでも、昔話が語られてたりする。

「自分がイケテたなぁと思う時はいつですか?」などと聴かれたりもするけど、そう思える時は特になく、戻りたい時もない。かといって、今が一番いいとも思わない。

友だちのブログでは「あの頃の日本人は今よりのんびりしていて優しかったような気がする」とするものの、「戻りたいわけではありませんけれどね。正直言って。」と結んでいるけど、それに近いのかなとも思ったりする。

お世話になった年配の方が、「また同じ苦労をすると思うと楽しかった思い出の時に戻りたいとは思わない。」と語られていたのを思い出しもする。

「イケテる」と思う事自体が、ナルシスティックになってしまい、想い出とか、依存とかに埋没し、自己逃避させてしまうのだろう。

甘い酒に酔いしれるように、時折、想い出にしたるのはいいけれど、中毒となって、酔い潰れるのを恐れているのかも知れない。

従兄弟二人、酒で亡くしている分、なお思うのかも知れないけれど。

2008-07-04

横断幕 Banner

横断幕の印刷を初体験。

5mの長尺ロールにパソコンでデザインした文字が印字されていくのを見るのは感無量。

パソコンソフトの使い方を教えて貰った松葉杖のお兄ちゃんが印刷物を見て、なんのフォントが使われているか言い当てるのも凄いなぁと思った。

2008-07-02

殺される側の理論 Theory on killed side

日本の障がい者運動の原点となったと云われる脳性麻痺団体、青い芝の会の故人、横塚晃一氏の名著「母よ、殺すな」が昨年、数十年ぶりに復刻されたので、読んでいる。

1970年、核家族化が顕著化した時代、障がい持つわが子を殺した母に減刑を望む世論に猛烈に反撥し、障がい者(児)の立場を「殺される側」として、相応の裁きを望んだ青い芝の会は、介助なくては生きられない自分たちの自己探求をストイックに問い詰め、会の行動網領として、「われらは、愛と正義を否定する。」と宣言するに至る。お恵み、馴れ合いとしての社会保障ではなく、自分たちが生きるために欠かせない物、当然の権利としての社会保障を求め、活動し続けた。

その著書は横塚晃一氏の書き残したものとあわせ、横塚氏が出演したドキュメント映画『さようならCP』の上映時に行われた意見交換会の模様が収録されており、障がい者福祉のあり方が熱く語られており、その提言が単に障がい者当人の問題ではなく、「働かざる者人に非ず」が大手をふるい、「働けなくても生きていける」社会保障が語られない健全者社会の問題でもある事が見えてくる。

健全者と障がい者は「同じ人間」とすると見えなくなるものにこだわり、健全者と障がい者が「同じ人間」でない事にこだわる姿勢から障がい者というスタンスを見いだそうとした運動は、横塚氏が晩年、口にしたという「心の共同体」になるのだろうが、そこを明確に示せぬまま、横塚氏は亡くなられた。その著作から読みこなしていけば、互いの違いを明らかにしなければ、「する」「してもらう」の関係は変わらなく、「殺す」「殺される」理論が存在し続けるとなるのだろう。

横塚氏のその理念は青い芝のメンバーに受け継がれ、「心の共同体」を作るための「健全者手足口論」なるものも出されたりもしたのだろうが、互いを知る「心の共同体」を理解されぬままに、云うがままに健全者は障がい者の手足口になるべきと誤解されもしたのだろう。障がい者の手足口になる事により健全者が出来なくなっても生きられる事を知る「生存権」の必要性であるはずなのに。

ドキュメント映画にもなった『えんとこ』遠藤滋さんなどが実践されている「生かしあう関係」はそんな青い芝の議論から生まれたものであるだろうと、この本を読み、思いもした。

昨今、ますます社会保障の不備が取り上げられるのに、行政の福祉切り詰めは加速してきている。運動論を語る人々は、当事者が声があげないと嘆かれるけれど、殺される側の理論を説いた当事者たちの社会保障に対する危惧は、少子高齢の福祉切り詰め行政として、現実の物となろうとしている。

今の社会問題は声を出さない当事者の問題ではなく、「働かざる者人に非ず」として少子高齢、環境破壊を推し進めた健全者社会の問題であり、福祉切り詰めの加速を許す政治の問題だろう。

ゆとりなき時代の行く末に殺される側の理論は存在する。

2008-06-30

なりたい大人 Adult who wants to become it

なりたい大人「いない」の割合が多いというアンケートがあるとか。

なりたい大人「いない」がいないから、自分がいるのにね。

これが一緒にいたい大人、一緒にいたい友だちならば、答えは変わってくるし、一緒に過ごせなかった人、また逢いたい人ならば、その人の人生が見えてくる。

「意味がないから面白いんじゃないか」と語る脳性麻痺者、遠藤滋さんを描いたドキュメント映画『えんとこ』を見たくて、思い切って、ビデオを注文した。

自分のツボにぴったりはまり、映画を観ていて、号泣する映画が何本かあるけれど、『えんとこ』のビデオを流し見て、また号泣してしまった。

未完成だから、人生なのに、人は安易に「なりたい大人」を求めたがる。

遠藤滋さんの介助をしてくれ、ガンで若くして亡くなられたヘルパーさんを思い、遠藤さんは涙する。

生かされる人生を感じるほどに、遠藤さんは集まるヘルパーさんの悩みを親身に聞く。

「ありのままの命にカンパン」遠藤さんの詩は語る。

「不屈の民」遠藤滋さんのように昨日出来なかった事を明日忘れないように、今を生きる、そんな生き方に僕は憧れる。

2008-06-28

省スペース Space-saving

パソコン業務の仕事に付いたけれども、利き手に不随運動があるため、マウス操作がままならず、家で使っているタッチパッド付きのキーボードを、出勤の度に抜き差しして、会社に持ち込み、使っていたけど、会社の同僚からもわざわざ家から持ってくるの面倒じゃない?と聞かれもしていた。

初給与を頂いた時に、思い切って、新しいキーボードを購入し、今までのキーボードを会社専用にしてみたのだけれど、新旧キーボード、それぞれコンパクト設計が違い、使いこなしに難儀している。

旧キーボードは中国製のようで、Enterが一番端になく、PgUpやPgDnがその横、端にあり、Enterを押すつもりがPgUpやPgDnを押してしまうトラブルがあったけど、新キーボードはPgUpやPgDnの機能がFnを押さなければ、使えなく、また、半角/全角の日本語入力の切り替えがスペース、無変換の横にあり、慣れた位置にないため、なんか違和感がある。

この手のキーボードを使う前に使っていたノートパソコンでのキーボード配置より、更に省スペース化されたこの手のキーボードは入りきらないキーをどのキーに割り当てるかで苦心されているのだろう。

けれども、そこまで省スペースにこだわる必要ってあるのかしら。

最近買ったUSBメモリーも小さくなりすぎて、手が不自由な身には扱いにくい時もあるし。

タッチパッド付きキーボードを買う時、下調べした際、タッチパッド単体の物や指輪型でクリックボタンがついているものなども気になったけど、使い勝手はどうなのかなと今も気になる。

けど、試してみるゆとりはないから気になるだけだけども。

新キーボード

旧キーボード

2008-06-25

人の不幸を祈るようにだけはなりたくない I do not want to come to pray for person's unhappiness.

「被害者遺族も死に神かと抗議」という記事を知り、なーんか、担ぎ出された感じの遺族会と思えてくる。

「人の不幸を祈るようにだけはなりたくない」という歌の文句じゃないけれど、殺された被害者の元に加害者を送りたい心情は凡人には理解しかねる。

亡き被害者の無念は遺族に対する隣人の「殺される理由」を勘ぐりから加害者への怨みが根深くなるとも聴くけれど、この堂々巡りの背中を押すのは思いこみと思いやりで人を煽る村社会が根本原因らしい。

子作りを忘れ、毎年数万規模で人口減少、高齢化するこの国の村社会は、舅、姑、小舅、小姑、総掛かりで「魔女狩り」を行っていくでしょう。

「人の不幸を祈るようにだけはなりたくない」

それさえ叶えず、被害者遺族の背を突く世論が怖いとつくづく思う。

2008-06-24

警官がいっぱい The policeman fully

バイトの若い奴が「この頃、街中、警官だらけでキモイ」と喋っていたけど、仕事帰り、夜遅くに地下鉄駅でうろうろたむろする警察官の多さを見た時は確かにキモかった。

アキバの汚名挽回なのか、世界の重鎮の同窓会のためなのか知らないけれど、街中たむろする警察官が増えるほどに国税は使われ、財政は逼迫するのにね。

あまりひどく云うと、「お前も税金で臭い飯喰わしたる」と云われそうなので、やめとくけれど。

あぁ、戒厳令の夜は更ける。。。

2008-06-22

いつになったら When it comes when

「いつになったら、暑くなるのかなぁ」とはよく行く銭湯でのお客の会話。

続けて、「もう少ししたら、7月だぞ」とも云っていた。

昨日は平日の職場の親睦会で「ジンギスカン(成吉思汗)」食べ放題だったけれど、回復傾向の天気予報とは裏腹に曇天の一日。

今朝はジンギスカンの食べ過ぎで胸の中が脂ぎった感じで気持ち悪く、こんな時にカンカン照りだと具合悪さが加速しそうで、曇天であるのが救いに思われるけど、もうちょっと暑くても良さそうな感じがする。

7月に入ったら猛暑、酷暑になられても困るけど。

「いつになったら」と思ううちが花なのかも知れないけれど、上から読んでもしたから読んでも「ヨノナカバカナノヨ」なのよね。

2008-06-19

お休みはいつも雨 Holiday is rain.

金曜は週一のお休みなのだけど、このところ、いつも雨降り。

出勤前に念のためと確認したところ、今晩から時雨れるみたい。

年度初めで役所からは自立支援の切り替え手続きやら、年金の生存確認やらが相次ぎ届く時期だし、高額請求の国民健康保険の対応策の件は職場の社会労務士さんの相談結果が出てくる頃で、行政手続きにすっかり振り回されている時だけに、お休みの日はのんびり家で寝ていなさいと云う自然の恵みと思った方がいいのだろうか。

自然の恵みといえば、岡林御大の初期名作群が発売されるらしい。

「果報は寝て待て」と思うが吉か。
無駄遣いさせない恵みの雨と捉えよう。

ネットオークションしそうだけど。(笑)

2008-06-18

黄泉の国 Nether world

イザナミは「私はこれから毎日、一日に千人ずつ殺そう」と言い、これに対しイザナギは「それなら私は人間が決して滅びないよう、一日に千五百人生ませよう」と言った。
神産み - Wikipediaより

今の日本は毎年大都市ひとつ分の人口が減っているそうで、この国は黄泉の国に向かっているらしい。

イザナミ神に負けじと子孫繁栄を誓うイザナギ神の政治学が復権しなければ、黄金の国ジパングもまた黄泉(夜見・夢)の世界になるのだろう。

温暖化による水飢饉、食糧難がどのような形で進行するかは判らないけれども、貧富格差から治安悪化、疫病蔓延は広まった歴史があるし、豊かさに溺れ、死滅した街、「ソドムとゴモラ」なんて云うのもある。

「殺せ!」と云うからには「生み育てて見せよう」と言い返せなければ、黄泉の世界に埋没するだけの話なのだから。

2008-06-17

検診日 Medical examination day

今日は職場の健康検診日。

肩凝りひどく、この頃いつも貼っている冷湿布も張れず、朝飯も食べられない。

内臓系はいたって丈夫だし、体脂肪率14%だから、メタボの心配もないけれど、素浪人はなかなか健康チェックしないものだから、検診日を設けてくれる職場はやはり有り難いかな。

今日もまた、不順な天気は解消されないみたいで、憂鬱だけど、お腹の虫は元気よく鳴る。

そんな自己過信にこれから受ける検診結果が少し気になるけれども。

「明日天気になーれ」そんな気分。

2008-06-16

相対的悲劇論 Relative tragedy theory

実は今、母と喧嘩してまして、きっかけは冷蔵庫の買い換えの相談話。

時間取れない中、あちこちの電気店を見て回り、外出もひとりで出来ない母にまずはパンフで今の冷蔵庫の機能などを知って貰おうと思い、買うのはまとまったお金が入る今月後半にと話していたのに、母は近所で心配して下さる方と近所の電気店に行き、「これに決めた!」と、近所の電気店は高いし、こちらが調べた冷蔵庫と比べてもほとんど変わらぬ大きさで、冷凍室の仕切具合だけの違いで、2万円も高いものを買うと言い張る。

こちらも自分の体調を気遣いながら、動いているのにというと、「私も同じだ」と開き直り、終いには「もう頼まない、私の金で買う」と言い出す始末。

高齢になっている母に折れるのはたやすいけれど、ここで折れると後々、母のペースに持っていかれ、買わなくていいものまで買い出すだろう。

このやりとりでこちらの体調を話した時に、「私も同じだ」といわれ、黙ってしまったけど、よーく考えるとそれぞれの体調は比べるものではないんじゃないか?

比べていくとお互い体調低下していっても、まだ大丈夫という悲劇的結末になってしまうだろう。

人の身体は比べるものじゃなく、互いに知るもののはずなのに、何故か比べてしまう。

それが世の中の悲劇になっているような気がしてならないと思うのだけど、どうでしょう?

2008-06-15

稼げども、稼げども Even if you earn it

今年も国民健康保険の納付金額の通知書が来た。

例年の判りにくい算定書きがいくらか判りやすくはなったけれど、やはり判らない。

年所得61万弱で、年間合計16万強のお金を何故支払わなきゃならないのか、判らない。

自律神経患い遺族年金で暮らす無収入の母と二人分らしいけれど、年収の4分の一を国民健康保険料として払って、どう暮らせというのか、判らない。

パート雇用先の社会労務士に相談してみようっと。

渡る世間は鬼ばかりの時代かも知れないけれど。

2008-06-14

巡礼 Romaria

ブラジルの伝説のシンガー、エリス・レジーナが歌い知られる「巡礼(Romaria)」。
「何もいいことがなかった人生を救うために俺は巡礼に行くことにしたよ」という歌だとか。

毎週の如く起きる惨劇を耳にし、「ここ一週間の世界の地震」に今朝の東北の地震が赤字で記されているのを知ると、この歌が心の中でリフレンする。

照らしてくれ 暗い鉱屈を
この人生の列車の奥深くを

2008-06-10

さりながら、死ぬのはいつも他人ばかり Besides, it's always the others that die

元HBCディレクター、守分寿男氏の著書『さらば、卓袱台』を読んでいる。

若い頃、HBCに押しかけ、守分氏に自分が書いたつたないシナリオ原稿を読んでいただいたことがあり、その的を射た厳しい指摘の背景となる守分氏に影響を与えた方々へのレクイエムが心に響いている。

秋葉原通り魔事件のような陰惨なストリート犯罪が連日報道される昨今、過剰な報道に感覚麻痺していく自分が怖く、そのニュースを観ないようにしているのだけれど、『さらば、卓袱台』で大友柳太朗氏との逸話は感覚麻痺していく現代社会を思い起こさせる。

ミヒャエル・エンデの童話で、時間泥棒と盗まれた時間を人間に取り返す女の子の不思議な物語『モモ』を現代社会で描いたテレビドラマ『悠々たる天』に出演された大友柳太朗氏に「もう一度だけ、ご一緒に仕事をしましょう」と云われ、果たせずに老年の命を自ら絶たれた大友柳太朗氏の死の知らせを聴き、フランスの前衛画家、マルセル・デュシャンの墓碑銘の言葉、「さりながら、死ぬのはいつも他人ばかり」が守分氏の心の中で鳴り続けたという。

農村、漁村、炭住と音を立てて壊れていった北海道の戦後を生き抜いた「老人」が夏の祭りでごったかえす街の片隅で、数人の若者が通行人に乱暴を働き、行き交う人は見て見ぬふりをし、通り過ぎる時、見かねた「老人」が止めに入り、若者たちに突き倒されて、コンクリートの舗道に叩きつけられ、死ぬ。その芝居の時、大友柳太朗氏の演技は驚くほどの激しさだったという。

「年寄りには、今の街は生きづらくなりました」とロケの後につぶやかれた大友氏の事を守分氏は振り返る。

安岡章太郎氏とのやりとりで、「戦争体験を受け継ぎ、次の世代に伝えていく」と語る俳優のキャスティングに対し、安岡章太郎氏が「戦争に反対したから、それでいいというものではない。問題はその先。平和の怖さを知らなくてはいけない。平和の中で、いろんなものが腐っていく。そこから目をそらさない事だ」と語ったというエピソードと大友柳太朗氏のエピソードが重なり、見えてくる。

「さりながら、死ぬのはいつも他人ばかり」自分の死は誰も自分では見られない。ローカルテレビ局の名ディレクターとして知られた守分寿男氏は亡き恩人たちの思い出を書き綴られている。

2008-06-08

忘年会 Year end party

土日の職場の忘年会の場所が決まった!
もういくつ寝るとお正月。

よいお年を

2008-06-07

意見交換会 A skill practice

NPO法人札幌障害者活動支援センターライフ機関誌「アドボケイト」掲載文にすこし加筆修正。


5月21日(水曜)と25日(日曜)に市の社会福祉総合センター4階大研修室で、札幌市が見直しを検討している障がい者交通費助成の意見交換会が、行われた。

どのような意見交換が行われるのか知りたくて、21日に参加してみた。

会場受付で市の方から戴いた資料は見直しの概要を示したものが紙切れ一枚のみで、過去数年の交付人員や事業費の推移や今回の見直しで参考とされたというアンケートの内容などは資料として配られなかった。

過去数年の数値データは障がい福祉課の担当者の方から読み上げられるだけであり、アンケート内容の仔細に関しては参加した当事者グループとのやりとりの中で、話題にあがるにとどまり、これまでの成り行きに関わっていない僕のような参加者にはわかりにくい意見交換会のように思われた。

ちなみに見直しで参考とされたアンケート内容はインターネットのサイトには掲載されてはいるのだけれども、その説明もなされなかった。

会の始めに、市の障がい福祉課から語られた概要は「市の財政難」と「障がい持つ人の利用増」「利用実態が把握できていない」から今後も継続可能な制度に見直すというもので、意見交換というものの、実施は来年度よりと決まっているようで、会場からは「何故急ぐのか?」という意見が相次いだ。

市が提示する見直し内容

  • 障がい種別、程度別に多様化した助成を一元化させる。
  • 利用の選択に関し、夏場は公共交通機関を利用していても、雪道になる冬場はタクシー代、ガソリン代に切り替えられるという柔軟性を持たる。
  • 重度障がいに支給されていた地下鉄、バス、市電を無制限で利用できる福祉乗車証と定期券は利用実績が判らないので廃止とする。
  • 公共交通機関の利用は利用実績が把握できるカード式回数券であるウィズユーカードのみとなり、今まで中度の障がい者に支給されていた1000円券(プレミア100円プラス)月10枚が、アンケート調査結果で、利用状況の回答日数の平均値である週3、4回の1000円券(プレミア100円プラス)月2枚に削減され、重度障がいも同程度のサービスとなる。
  • 交通事業者の割引がない精神障がいについては同程度の助成を支給する。

その後、参加した当事者たちの生の声はウィズユーカード(カード式回数券)の使い勝手の悪さと1日一回週3、4日しか利用できない助成額では外出の機会を奪ってしまうという意見が相次いだ。

参加した当事者たちの声

  • 自宅そばに養護学校があるわけではなく、市内縦断して、養護学校に通わなければならない子供もいる。義務教育を受ける権利も奪うのですか?
  • 就職しても交通費助成を受けているために通勤費ももらえない障がい者もおり、就職が困難で作業所に通っている障がい者も通所できなくなる。自立支援法で、サービス利用料として給与の一割を取られる上に、交通費を捻出などできるわけがない。
  • 休みの日など街で買い物したり、映画や美術館に行くのも無理になる。そういう事をしたいというのは贅沢なことですか?
  • 知的障がいをもつわが子は今は福祉乗車証を使っているけれども、ウィズユーカードになると残額の把握が必要になるけれども、それは無理だし、地下鉄の改札口で残金不足のため、通り抜けできなくなるとパニックになってしまうと思う。
  • 全盲者にとってもウィズユーカードの残金確認は不可能で、精算機がどこにあるのかさえ判らない。仮に精算機の位置が判り、使えたとしても(表示される)残金は判らない。
  • アンケート内容で週3、4日の利用という回答が多いと言うけれど、家を出て、用を済ませ、帰ってくるという一往復ばかりの利用ではない。病院のはしごをしたり、金融機関、買い物など外出が一苦労な障がい者は一回の外出で、あちらこちら廻り、用を済ますので、結局ウィズユーカードだと1回の使用額がかさみ、週3、4日も出かけられなくなる。
  • 利用実態が把握できていないのに、任意抽出のアンケート結果の平均値を何故、支給限度額に設定するのか。利用実態をもっと調査した上で実施してはいけないのか、疑問です。

福祉に関わる者なら誰でも判りそうな切実な当事者たちの声に市障がい福祉課の担当者たちも最後は言葉が詰まりがちになっていた。

「使う立場に立って動いてください。利用者に我慢を強いるのではなく、利用者の声を市に伝え、予算を取ってくるのがあなた方の仕事なのですから。よろしく頼みますよ。」

そんな声も飛び交う意見交換会は札幌市が障がい福祉に対する姿勢が問われるものであったけれども、さて、見直し案の再検討をするという札幌市はどのような判断を下し、再提示してくるのだろうか?

2008-06-06

おそうじオバチャン Housecleaning Obachan

貴重な週一のお休み日、残念ながら、札幌は雨降り。

僕と顔が似ていると云われる木村充揮の代表曲「おそうじオバチャン」を聞き返し、やはりいいなぁと思ったりする。

「おそうじオバチャン」の替え歌「お政治オバチャン」も傑作だけど、浪花のおばちゃんのど根性を歌った「おそうじオバチャン」の方がやはり好き。

クソにまみれて、あそこの部分の透けてるパンティに憧れる女心がいじましい。

「お政治オバチャン」はイデオロギー馬鹿を歌う分、シニカルではあるけども。

「おそうじオバチャン」が「お政治オバチャン」になったのがこの国というならば、それはそれでいと哀しいでもあるのだけれども。

2008-06-04

当たれ!宝くじ2008 Hit. Lottery 2008

土日のアルバイトで一緒の奴から助言を受け、「ミリオンドリーム」くじを買う。

10枚買っても残念賞がないとの事だから、3枚購入。

気分は元 憂歌団の木村充揮。

「当たれ!宝くじ」よろしく!

2008-06-02

ケ・サラ CHE SARA

元 憂歌団の木村充揮のライブ、ラスト・ソングで歌われる「ケ・サラ」を調べていくと、どうも本歌は盲目のシンガーソングライター、ホセ・フェリシアーノが歌い、ヒットした歌らしく、無数の世界中の歌手により歌い継がれている歌のようで、YouTubeにも様々なビデオクリップがアップされている。

歌われる歌詞の中には、ベトナム・サイゴンの労働者で、愛国者魂ゆえに、アメリカ・傀儡政権に殺されたというグェン・バンチョイが歌われ、チリ、アジェンデ政権を支えて、ピノチェトの反革命で二度とギターを弾けないように両手首を切断されて殺されたビクトル・ハラが歌われ、1905年にシカゴで結成された労働団体 IWW (Industrial Workers of the World 世界産業労働者同盟あるいは世界産業労働者会議)の中心的人物であるジョー・ヒルの名前が「自由のために死を選んだ」と歌われる。

この人たちの名前の変わりに「名も知らない数多くの人たちを」と歌われる事もあり、人間の尊厳を歌った最後の歌詞を「うたえ、うたえ、うたえ。人間のやさしさをうたえ明日に向かって力強く ひろく、たかく、おおきく」と歌う事もあるという。

「今日の一日を、触れ合い、分け合い、愛し合う」と歌う木村充揮の歌はいつ聴いても泣けてくる。